〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

楊貴妃は覇水を見た (九)

皇帝が政治に倦み、無能な宰相が二十年近く実見を握っていたのだから、世の中がうまく治まるはずはない。
宰相李林甫が死ぬと、楊貴妃一門の遠縁で、ただすばしこいだけが取り柄で出世した、不良少年あがりの楊国忠が宰相の座についた。
楊国忠もおのれの権力の座を確保するために、競争者を蹴落とすことに狂奔した。無能な宰相の唯一の保身術である。彼が最もおそれたのは、武力を持つ節度使であった。なかでも最大の実力者安禄山は、宰相の地位を狙っているという噂もあった。
「おそれながら、安禄山に叛意がございます」
楊国忠は何度も奏上したが、玄宗皇帝は笑いながら、
「雑胡の腹中は、赤誠しかないのじゃ」 と、取り合わない。
「では、彼をお召しになってごらんなさいませ、きっと彼は来朝しないでしょう。それで叛意があきらかになります」
楊国忠は自身をもって言った。
叛意のあるなしにかかわらず、国忠がその一党で固めている長安の都に、安禄山がのこのこやって来ては危険である。安禄山も都に情報網を持っていて、そのことを知っているはずだ。だから来朝しないであろう。 ── 楊国忠はそう思った。
ところが、安禄山は長安に出て、玉座の下で涙を流し、
「臣は国忠に憎まれておりますから、近いうちに殺されるでしょう」 と言った。
「なあに、心配するな。わしがついておるわ」 と、皇帝は言った。
安禄山は顔をあげて、しばらく皇帝を見つめた。
玄宗皇帝はすでに年老いていた。政務はすべて宰相任せである。 『わしがついておるわ』 と言っても、その権力がいつまで続くであろうか?いずれ、国忠の傀儡になってしまうに相違ない。── 安禄山はこのとき、重大な決意をした。
(造反すべし!)

天宝十四載 (755) 、安禄山は十五万の兵を発した。
── 君側の奸臣楊国忠を除く!という大義名分をかかげた反乱軍は、たちまち副都の洛陽を陥し、長安に迫ろうとした。
翌年の元旦、安禄山は、
── 大燕皇帝 ── と称した。
はっきりと叛意を示したのである。
六月八日、首都の外濠ともいうべき潼関 (ドウカン) が、安禄山の手におち、唐軍のおもだった将軍の戦死が相次いだ。
首都防衛は、もはや絶望となった。
六月十三日早朝、皇帝はついに長安から脱出し、蜀 (ショク) (四川) に難を避けることになった。
皇帝が宮城から逃げることを 『蒙塵 (モウジン) 』 という。
この蒙塵は、皇帝の少数の側近が、竜武軍 (近衛兵) に護衛され、指揮の大将軍は陳玄礼 (チンゲンレイ) であった。
竜武軍のなかには、潼関の敗残兵も含まれていた。凄惨な戦いを経験した彼らは、考える兵隊になっている。
「なぜおれたちが、このような目に遭わなけらばならないのか?」
「安禄山には、もともと叛意はなかったが、宰相に追いつめられて兵を挙げたという」
「楊国忠は禄山の挙兵を聞いて、喜色をうかべたそうな」
「宰相と節度使の争いに、俺たちが巻き込まれた。ばかばかしい」
「首都を放棄しなけらばならなくなったのは、いったい誰のせいなのだ?」
「禄山も憎いが、国忠も許せぬ」
「そもそも、陛下が女色に迷われて、国政を怠ったからではあるまいか」
将兵たちは、道々そんなことを言い合った。彼らは食糧が乏しかった。論じ合っているうちに、よけい腹が立ってくる。親衛隊の将兵は、しだいに不穏の空気に包まれた。
六月十四日、一行は興平原の馬嵬 (バカイ) 駅に着いた。
たまたまそこへ、長安へ向かうチベットの使節の一行が通りかかった。彼らも食糧の入手難に困っていたのである。そして、楊国忠の馬の前に立ちはだかり、食糧をなんとかしてほしいと談じ入れた。チベット人にすれば、唐の役人の一行らしいのに出会ったので、一番立派な服装をしている男を、交渉の相手に選んだまでである。
だが、その楊国忠には、全軍の憎悪が集中されていたのである。
「国忠、蕃 (バン) 人と叛を図っておるぞ!」
兵士の一人がそう叫んだ。
あっというまの出来事であった。
兵士は四方から、楊国忠に襲いかかった。
つぎの瞬間、楊国忠はそこに死体となって横たわり、兵士たちはつぎの獲物を目指して散った。夏草の間を、鮮血がゆっくりと匍い、一匹のとかげがそばを走り抜けた。

兵士たちは、皇帝の側近が休憩している宿舎に殺到した。
楊国忠の息子の楊暄 (ケン) 、玉環の姉の韓国夫人と秦国夫人もその場で刺された。?国 (カクコク) 夫人はいったん逃れたが、あとでつかまって殺された。
夏の空は、あくまで高く、あくまで青かった。鰯雲がのどかに漂っている。
玄宗皇帝は、その雲のきれはしに、じっと目を向けていた。だが、彼の目は何も見ていなかった。
心が動転していたのである。
至尊の身をもって都落ちの悲運をかこっているところへ、宰相はじめ、楊家の貴顕が、一瞬のうちに殺されてしまったのだ。
「陛下、兵士をなだめるお言葉を」 と、高力士は言った。命令と言ってよい、きびしい口調だった。
皇帝は駅門に出た。
皇帝の足もとに、高力士がかがんでいる。芝居の黒子のように、皇帝のいうべき言葉を、小声で囁き、皇帝はそのとおり、六軍の将兵に向かって言うのである。
「朕は国忠に謀叛の事実のあったことを認める。従ってその処刑は正当であり、朕はその執行者を咎める意思はない。この地で起こったことは、すべて不問に付す。諸子らますます忠誠に励み、国難を打開し、皇業回復につとめるよう、とくに希望する。・・・・・この地は不祥の地ぞ。今より直ちに進発せよ」
皇帝の言葉が終わっても、六軍の将兵は動こうとしない。
「なぜ動かぬか?」
皇帝は足もとの高力士に向かって、小声で訊いた。
「高力士はうずくまったまま答えた。
「貴妃さまがおそばにおられる限り、将兵の心は安らかではございませぬ」
楊貴妃玉環は、一門の人たちを一瞬に失ったのである。彼女が皇帝のそばにいる限り、楊一門を殺した者たちは安心できない。いつ彼女が皇帝に訴えて、将兵たちの処罰を迫るか知れない。これまで皇帝は、あまりにも楊貴妃の言いなりになりすぎていた。これからも、そうでないとはいえない。
「六軍進まねば・・・・・」
そう言って、皇帝は再び空を仰いだ。
高力士は皇帝の言葉をひきとって、
「陛下のご命数もこれまで、大唐の皇統もこれまででございます」 と答えた。
「朕の一身はどうなってもよいが、大唐の国を失っては、死んだ後も高祖高宗の霊にまみえることはできぬ」
皇帝はそう呟いた。
「ご決意を。・・・・・愛を割き、国を寧 (ヤス) んじなさるように」
高力士の表情は、普段と同じであった。
「そちにまかせる」
そう言うと、玄宗皇帝は二歩三歩よろめいた。

『胡蝶の陣』 著:陳舜臣 毎日新聞社発行 ヨリ