姫君は下襲を縫いあげて、今は、袍(上着)にかかったいたが、大きなものなので、一人では折目がつけられない。
「こまったわ、阿漕に頼もうかしら」
とひとりごちた。少将は起き上がって、
「阿漕はどうしたの」
「帯刀が具合悪いそうで部屋に退がっていますの。さっきちょっと覗いたけれど、少納言がいたものですから、少納言に相手を頼んで安心して部屋へいきましたわ」
「阿漕を起こすまでもないよ。せっかく惟成と二人でいるのに、私がお手伝いしよう」
「あら、でも殿方がそんなこと・・・」
そういううちに少将は気軽に坐って、
「まあ、やらせてみなさい、腕っこきの職人ですよ、私は」
少将は姫君と向かい合って、布をひっぱり合いつつ、折目をつけてゆく。職人というには似合わしくない少将のようすだが、気を遣いすぎてよけいなことをしたり、知ったかぶりのことをしたりして、へまをやるので、姫君はおかしくて、笑いながら折っていた。
姫君は、美しい物怨じ顔で、
「四の君との縁談は、ほんとうのことでしたのね、四の君との結婚準備をこの邸ですすめていらっしゃるのに、あなたはそ知らぬ顔をしてらしたのね」
と言った。
「馬鹿なことを、交野の少将が、あなたを最愛の妻と迎えた時には、私も、公然と、四の君の婿にも収まるだろうよ」
と少将は言い、二人で笑ってしまった。
「さ、もう夜も更けたよ。そろそろおやすみなさい」
少将は姫君に、強いて止めさせようとする。
「もう少しですの、あなたこそ、どうぞ早くおやすみ遊ばして下さいまし。わたくしはもうすこしで縫い終わりますから」
「ひとりで起きてるなんて、さびしいことをいいなさるな。それなら私も共に起きていて手伝うよ」
「ホホホ・・・」
「何だね」
「いいえ、何でもございません」
姫君は、ほんとうをいうと、少将に手伝ってもらうと、かえって手間が掛かるのであるが、そも言えない。それでも猫の手よりはましであるから、ここをこう、そこをそう、と手を取って教え、手伝わせる。少将は面白がって折ってゆく。何と言っても、二人でさし向かいで、そぞろごとなど言って仕事をしていると、楽しくて時のたつのを忘れるほどであった。
さて、北の方は、姫君が縫物をしているだろうか、縫わないで眠ってしまったのではないかと、気になってならない。自分の指図通りにことが運んでいればよいが、少しでもくいちがうと腹が立つ。北の方のような性格は、我を通そうとして、それに固執するのである。
姫君の部屋へ足音を忍ばせてやって来たが、ぎょっとして立ち止まった。かすかに男の声がするではないか。
遣戸が少しばかり開いていた。
北の方はそこから覗いて、息が止まるほど驚いた。
こちらに背を向けているのは、たしかに、おちくぼの君であるが、向かい合っているのは若い男なのだ。少納言はいつの間に、男になり変わったのであろうか。北の方は眠気も一時に吹っ飛んで、目を丸くして、じっと観察する。
男は白い袿うちきの上品なのを着、その上に紅の練る絹の一かさねの袿、さらに、山吹色のを着こんで、くつろいだ姿でいた。明るい灯火のもとで見ると、何ともすがすがしい美青年で、しかも愛嬌があって、知性にあふれている。
(いったい、誰なんだろう?・・・蔵人の少将より立派な青年じゃないか、それに、あの贅沢な身なり・・・)
北の方は、今まで、婿の蔵人の少将を最高の青年貴族と、自慢していただけにすっかり動転してしまった。
(男を通わせている気配は知っていたけれど、どうせそのへんの、平凡な男だろうと思っていたのに、どうしてどうして、並みの身分の男ではない。── それにおちくぼめにくっついて、一緒に縫物の手伝いまでするよな、鼻の下の長いところをみると、よっぽど惚れているらしい。さて、こうなると困ったな。もしこの男が、おちくぼを拾いあげ、いい身分に据えたら、とてものことにあの娘は私の言いなりになど、ならないだろう。もう、頭ごなしに叱りつけて、一生、」お針子で飼い殺しにする、ななんてことも出来なくなるわ・・・)
などと思うと北の方はいまいましいやら、くやしいやら、嫉妬で心が煎いられるようで、縫物のことも忘れ立ち聞きしていた。
「慣れないことをして、私も疲れてしまった」
と、男は若々しい声でいう。
「あなたも眠たそうだよ。もういいから、中途にしてやすみなさい。北の方に腹を立てさせておけばいいじゃないか」
「でも、お腹立ちを見るのが、わたくしは辛いんですもの」
と嬪君はなおも縫っている。少将はもどかしがって扇で灯を消してしまたた。
「困りますわ、片付けも出来ませんわ・・・」
と姫君は当惑している。
「いいよ、几帳にでもお置き」
少将は自分で縫物を丸めて几帳にかけ、
「いらっしゃい・・・」
と姫君をいざなう。ためらう姫君に手をのばして、ついでに几帳の向きを変えたので、遠い小さな灯だけになり、あたりは闇に沈んで北の方の所からは見えなくなってしまった。そうしてあとには、若い二人のひめやかなむつごと、言葉にならないささやきや、ため息、やさしい命令や、性急で強引な、男の哀願、そんなものが闇の奥から聞えて来て、北の方をかっかと怒らせた。 |