そこへ、女房が入って来た。少将がこの邸ではじめて見る、阿漕以外の女房である。
すっきりと小ぎれいな女で、少将は、(おや、この邸にも、ちょいとした美人の女房がいるんだなあ)と思いながら、几帳の隙間から覗いていた。女房は言う。
「お姫さま、北の方のおいいつけで、縫物のお手伝いに上りました。どこを縫いますか」
この女房は、少納言といって、北の方づきの女房である。
「どうしておやすみ遊ばしていられますの? あんなに北の方がお急ぎですのに」
「気分が悪いので、臥せっていたの」
姫君は、あるかなきかの小さい声で言う。
「表袴を縫いかけていますから、その前の襞を縫ってちょうだい」
少納言は縫物をはじめたが、
「この襞は、どう始末するんでございましょう、ご気分がなおられたら、お起きになって、お教えくださいまし」
「それじゃ、待って、今起きますから」
と姫君は辛うじて起き出し、膝でにじり寄った。
少納言が姫君を見ると、顔は涙で濡れて、眼は泣き腫れている。北の方に何か言われなすったのかしら、、と少納言は姫君に同情した。
「大変でございますねえ・・・お姫さまもご苦労なさいますでしょう。いえ、もう、このお邸の中でも私どもはよく、わかっているんでございますよ」
この少納言は、阿漕のように、ちゃきちゃきのはしっこい方ではなく、しんみりと、やさしく、しとやかな女なのであった。
「こんなこと申し上げますと、お世辞のようでございますが、かといって申し上げませんでは、こういう風に考えている者もいる、ということをおわかり頂けませんものね。私は正直に申し上げまして、いまお仕えしている方々よりも、お姫さまのほうこそ、お仕えしようございますわ。長いこと、それとなく拝見して来、内々でお仕えすることも気がねされたりいたしまして、しぜんにご遠慮することになるのでございますが、心の中ではいつもお姫さまのお味方でございます」
と言うのであった。
「ありがとう。あなたは、身内の姉妹たちでさえ言ってくれないような、優しい言葉をかけてくれるのね。嬉しいわ」
と姫君は微笑んで、針をはこんでいた。
「ほんとうにへんでございますね、北の方がきびしく当たられるのは、世間でもよくある継母の例で、また、女の性質のつねでもございますからわかりますけれど、ご姉妹の姫君たちまでが、お姫さまをのけものにして、まるで召使いのように見ていられるのは、私には納得できませんわ。── お姫さまはこんなにお美しくていらっしゃるのに、ひとりぼっちで、お淋しそうになさって、お仕事ばかり精出していられるのが、おいたわしくて。それにひきかえ、あちらはどうでしょう、四の君にこんど婿君をお迎えなさろうというので用意なすってますわ。北の方がおひとりできりまわしていらっしゃいます」
「それはおめでたいことですね。どなたをお迎えになるの?」
「右近の少将さまとうかがいました。たいそう美男でいらっしゃる上に、お家柄もよく、また才能と器量のおありになる方なので、帝のおおぼえもよいため、ご出世なさるのは目に見えております。末は大臣にもおなりになろうか、という若さまですわ。それなのにまだ定まった本妻の北の方はおいでになりません。最高のお婿さまですわね。どちらでも、少将さまを婿に欲しがっていられますわ。この邸の大殿さまも、どうかして、わが家に、とお望みなので、北の方もお急ぎになっていられます。ちょうど、四の君の乳母の方が、少将さまのおん乳母とお知り合いらしくて、これは都合がよいと喜ばれ、縁談を進めていらっしゃるらしいですわ」
「まあ、それはおめでたいことですね。それで少将さまはどう言っていらっしゃるの?」
姫君はおかしくて、ふと口もとがほころんだ。少将から盗み見する姫君は、その目もとや口のあたり、明るい灯のもとに輝くばかり美しい。この人は、天性、明るい人なんだな、女の美しさは笑った時にいちばんよく出る、と少将は思いながら、姫君に見とれている。
「くわしくは存じませんが、少将さまは承諾なさったのではありませんかした。こちらのお邸では内々に、ご結婚の準備を急いでいられますもの」
少将は(うそだ、私は承諾したおぼえはないぞ)と起き上がって言いたかったが、我慢して寝ていた。
「そうでしょうねえ」
と姫君は、少将が陰で聞いているのを知っていても、もっともらしく頷いてみせる。
茶目っ気のある姫君なのである。
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