「拝啓、当方の息子を、お宅の末姫と結婚させてください。ちょうど五日あとが吉日ですから、その日に参上させます」
「色よい返事が来たかね?」
「使いはどやされて帰って来ました」
「そうだろうなあ」
少将は、兵部の少輔が真剣なので笑うことも出来ず、
「それはやはり、正面から申しこむより、姫君の周囲の女につてを求めて申しこむのが妥当だったね」
「そうしたんです。四の君の乳母を知っている女がいて、その人に頼み込みました。そうしたら・・・」
「そうしたら?」
「その女が言うには、何でも、中納言邸の人々は笑ったと。馬はまぐさを食っていればいいのに、“はつはつに”とどっと笑ったそうです。これは拒絶らしいのですが、どういう意味でしょう?」
少将は「うーむ」と言ったきり、言葉が出て来ない。それは古歌の、「ませ越しに麦はむ馬のはつはつに及ばぬ恋も我はするかな」から諷しているのであろう。四の君は、兵部の少輔にとって高嶺の花だと
嘲弄
しているのだろうが、それを、兵部の少輔に言うことは忍びがたい。少将は同情しているのである。
「ともかく、向うは結婚の意志はないわけだね」
「それ所か、中納言家の人々は、あなたを婿に迎えるつもりだそうじゃありませんか」
「えっ、私を・・・」
「それは、私は、出世も出来ない、風采もよくない、人に笑われる、才能もない── あなたと比べれば、月とすっぽんです」
とうとう、兵部の少輔は、顔を
俺
おお
って泣き出した。
「でも・・・でも・・・あの人をあの人を愛する気持ちだけは誰にも負けないつもりです。・・・もし、あの人と結婚できるなら、“わが仏”と大切にかしずいて、下へも置かぬようにするつもりです。一生を捧げて大事にします。私は・・・私は、こんな気持ちをあの人にわかってほしいのですが、人は笑うばかりなのです・・・」
兵部の少輔の眼に、あたらしい涙がびしょびしょとふきあがり、大きな鼻の穴からは、ふいごのような息と
洟水
はなみず
が洩れた。彼は、懐紙でそれを押しぬぐって、なお、
「馬は、まぐさを食っていればいいのに、などと笑うのです」
と声を震わせて泣く。
少将はこの不幸な従弟に同情すると同時に、中納言家(主として、それを代表する北の方)に怒りをおぼえた。そうして、ひとりごとで、
「あの夫人の言いそうなことだな」
「え? 誰のことです」
「いや、こちらの話。── だが、四の君を私と結婚させたがっているという先方の意向は事実かね?」
「あなたはご存じとばかり、思いました。もう縁談はととのったもの、と思っていた」
「いや、まだ知らない。── もし、そうなら君はどうするつもりだったのかね」
「私は・・・私は」
資親はなた、すすり泣いた。
「あなたにお願いして、この縁談を辞退してほしいと言いたかったのです」
「もし、私が辞退したら?」
「私は、もう一度誠意こ込めて求婚します。信念で以て人を動かせば、成らないことはない、と
古
いにしえ
の聖賢も言っておられます」
資親はきっぱり、言う。
「うーむ、そこまで思い込んでいるのか ──。それならそれで立派だ。安心したまえ、私は先方が言って来ても、この縁談は承知しないよ」
「えっ、ほんとですか、ありがとう、ありがとう」
資親は夢中で少将の手を握りしめる。
「きっと、あなたも私の誠心に感じて、そう言って下さると思いました」
「まあまあ、これは君のためじゃなく、私のためでもあるのさ、実は、私はほかに切れない仲の女がいる。それを妻にするつもりだから、四の君と結婚することは出来ないんだ」
「ががあ」
「だから、君の結婚には何とか尽力しよう」
「ほんとうですか、あなたにそう言って頂くと、千人力です」
兵部の少輔は、少将ならどんなことでも可能だと思い込んでいるらしく、
「よろしく、よろしく、くれぐれもよろしく」
「まあまあ、これはむつかしいことなのだから、あらかじめ礼を言われても困るよ」
それでも少輔は満面に笑みをたたえ、もう半分、ことが成就したように喜んで、
「どんなことでも、やりますから、ぜひよろしく」
とくどくと頼んで帰って行った。
少将を婿に、とは中納言家も考えたものだ、と少将は思った。三の君に蔵人の少将を迎え、四の君に右近の少将を迎えれば、まさに北の方の思う壺かも知れないが、
(どっこい、そうはいくものか)
と少将は思う。思いながら、四の君は美少女なのかと、つい心が動くのは、どうしようもない。
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