「惟成、お前はこのごろ、そわそわと落ち着かないなあ。いったい、何を企んでいるのだね。それとも、恋やつれ、という奴かな」
蔵人の少将は、帯刀をそういってからかう。
帯刀は照れて、
「おたわむれを」
と平伏した。
「いいや、なにをさせてもうわの空、というところで、間がな隙がな、私の傍から離れようとばかりする」
「申しわけございません」
「役目もおろそかに惑いあるく、というのは、あらての女が出来たしるしだ。図星だろう」
「いえ、もうそう、おいじめ遊ばしますな」
この蔵人の少将は、親友の右近の少将が、同じ邸へ忍んで通っているとは夢にも知らなかった。
「髪を結わせようと思って呼んだ。頼むよ」
と蔵人の少将は言った。帯刀は
畏
まってあるじの背後へ廻り、女童が取り揃えた水や櫛箱を引き寄せる。
と蔵人の少将は、うつむいて髪を帯刀に
梳
す
かせていたが、ふと、その膝元に、封書がすべり落ちてきた。
(おや?・・・)
蔵人の少将は、すぐ帯刀の落としたものだなと気付いた。帯刀は何も知らず、一生けんめい、髪を梳いている。蔵人の少将は何ごころもなく、悪戯っぽい気持に駆られて、すっと手紙を取った。
そのまま、何くわぬ顔で、ふところへしまいこんでしまう。あの帯刀が、どんな恋文をもらったのか、おかしくて、こっそり読むつもりだったのだ。無論、蔵人の少将は、てっきり、帯刀の貰った恋文だと思い込んでいるのである。髪を結い終わって、蔵人の少将は、三の君の居間へ入り、手紙を読んだ。
女らしい恋文で、字も上品で美しいのが、まず、意外だった。
そこへ。三の君がやって来たので、少将は、
「これをごらん」と手紙をさし出した。
「惟成が、うっかり落して行ったよ。思いの外、いい恋文を貰っていっる。惟成め、意外と女にもてるんだなあ」
と笑った。
「筆蹟て もなかなかのものだ。まんざらの女じゃないね、それほどの恋文を書くとは」
三の君は手紙を受け取って、視線をあてていたが、思わず、あっと声をあげた。
「まあ、これは、落窪の君の手だわ・・・」
「おちくぼ、とは誰のことだ。なぜ、そんな、へんな名前がついているのだ。目が、おちくぼんででもいるのかね?」
蔵人の少将はきいた。
「そういう、あだ名の人がいるのです。裁縫女の名ですわ」
三の君はひややかに言う。── 中納言家では落窪の君の存在を、大事な婿の蔵人の少将には、隠しているのだった。
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