暗くなるにつれて、あいにく、どしゃぶりになってきた。頭さえ出せぬような雨脚である。
左大将邸では、少将は帯刀に、
「おい、ひどい雨だよ。残念だが、今夜は行けそうもないなあ」
お言っていた。
「残念でございますなあ。通い初められてやっと三日目と申しますのに、おいでがないとは姫君がお気の毒でござうます。とはいっても、あいにくこの雨ではどうしようもありません。殿のお気持ちが不実だというわけではないのですからなあ¥。せめて、お手紙だけでもお書き下さいませんか」
帯刀も阿漕の手前、何が何でも少将を引っ立てたいのであるが、どしゃぶりの中を、牛車を出すわけにもいかない。全く、舌打ちしたいような雨である。
「そうだな。手紙だけでも届けさせよう」
少将はそう言って書いた。
「早く参上しようと思い、用意しておりますうちに、ひどい降りで、参れなくなりました。私の誠意の足りないせいで伺わないのではありません。わかって頂けますね」
帯刀は阿漕に手紙をやった。
「少将様は、出かけられるつもりで準備していられたのに、この雨で、外出はかなわなくなった。残念がっていられるよ。
私も残念でならないが、しかたない。ようく、姫君にお詫び申し上げておくれ。ただし、私だけは、あとから、一人で行くよ。少将様と違って、こちとら下司の者は、濡れようが凍えようがこたえないのだから。
というより、お前に会いたい一心さ。文句はその時聞く」
使いが、漕ぎのもとへ、二通の手紙をもたらした。使者はぬれねずみで、手紙も湿っていた。
阿漕は残念という言葉では言い表せない。
さっそく帯刀に返事を書いた。
「さてさて、雨で来られないとは、薄情な少将さまですね。
昔の男なら、雨が降っても槍が降っても来たわ。ほんとうに、姫君に申し上げることもできはしない。
それなのに、あんたはまた、何だって手ぶらで一人来るって言うの? 何ンかいいことがあるとでも思ってるの? こんな手違いをやらかして、のこのこと一人で来て、あたしの歓待されようとでもいう気なの? こんな夜にいらしてこそ、男の誠実というものを、少将さまは、もうこれからも、おいでにならないというしるしなのかしら」
かなり、辛辣しんらつにうらみつらみを書いた。
姫君の返事には、ただ、
「おいでになれないのは尤もと存じます。お怨みには思いませんが、なぜか、聞きわけない涙が出て来ます。この涙の味も、わたくしには、はじめての味。あなたはわたくしに、初めてのことをたくさん教えられました」
とある。
使者が、姫君と阿漕の手紙を携えて戻った時は戌いぬの刻を過ぎていた。午後八時ごろである。
燈火のもとで姫君の手紙を見ていた少将は、たまらなくなって、
「おい、もうだめだよ、これは、こうしていられない思いだ」
と帯刀に言った。帯刀のもとへ来た阿漕の手紙を、
「見せろ。何を書いている?」
と奪って読んだ。
「なるほど、拗すねて怒っているのじゃないか、そういえば、今宵は三日目、大切な日に訪れないというのは怪しからんな。新婚のはじめから悲しませることになるなあ」
と言ったが、雨はなお、激しく降りしきっているのだ。思案にくれ、頬杖をついて少将は物によりかかって考え込むばかりだった。
帯刀もどうしようもなく、困りながら、
「では・・・」
と立つと、少将は、
「待て、どうするつもりだ、お前は、行くのか」
「徒歩かちでまいります。私だけでもまいって、姫君のご機嫌をおとりしましょう」
帯刀が言うと、少将は思い切ったように、きっぱり言った。
「よし、お前が行くなら、私も行こう」
「それはようございました」
帯刀はほっとして、嬉しく、またもや御意のかわらぬうち、と、
「それならば、少しでも早い方が・・・。お召替えになりますか」
「こんな雨だ。粗末なものを着よう。それよりお前は大傘を用意しろ」
「は」
帯刀はいそいで、大傘を探しに行く。」
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