その頃、阿漕の方では、和泉守の邸から使者が来ていた。叔母の手紙を携えて来たのである。
「お手紙ありがとう。
頼りにしてもらえて嬉しいのですよ。
亡くなった姉さんの忘れ形見であるあなたを、私は、姉さんの代わりと思って大切にも、いとしく思っております。私には娘もないので、あなたを私の娘にして、何不自由なく大切にお世話して、邸にお迎えしようと思ったのに、どうしてもおいでにならないものだから、残念に思っているのですよ。
お頼みななった品々は、ご用立ていたしましょう。どんなにでも、よろしいようにお使い下さい。盥、半挿などは差し上げましょう。でも変ね、宮仕えする人は、こんなものはみな、自分で持っているものなのに、持っていないのですか。なぜ今まで、私に頼まなかったの。自分専用の洗面具を持っていないのは、たいへんみっともなくて、妙なことですから、差し上げましょう。
お餅はいとやすいこと、すぐ作って差し上げます。道具や餅などをご入用なところをみると、あなたは、婿でも迎えて結婚なさるのですか? 三日夜の宴でもなさるの? くわしくお話しを聞きたいものですね。やはり、お会いしないことにはもどかしい気がします。
世間でも『この頃、都で羽ぶりよき、一に受領、二に受領、三、四がなくて五に受領』といいますけれど、ちょうど今、ウチがそうなのですよ。ありがたいことに思っております。だから、あなたにも、何でもお望みのことをしてあげますよ」
と頼もし気に書いてあった。
阿漕は、嬉しくてたまらなかった。この叔母が、こう頼もし気に受け合ってくれたのが百万の味方を得た心地がして、自分一人の胸にしまっておけなかった。
「お姫さま、これをご覧くださいまし。こんなに、頼もし気にいってくれる者がおりますのよ」
と姫君に見せた。姫君も、安心なさるかと思ったのである。姫君は微笑して読んでいたが、
「餅は、なんのためにお願いしたの、阿漕」
と、ふしぎそうに言った。世間知らずな姫君は、三日夜の餅を、知らないのであろうか。
(さかしくていらしても、男女の仲のことや、色めかしいならわしには、
疎
くておいでなのだわ)
と思うと阿漕はそれも微笑ましくて、
「まあ、お任せ下さいまし。わかがあることなんでございますよ」
と阿漕はにっこりして言った。
新婚三日目の夜、新郎と新婦は、紅白の小さな餅を食べることになっている。未婚の、というより、男は父親以外知らない、うぶな姫君が、三日夜の餅を見たことがないのはむろんであった。
和泉守の邸から使者が来た。
「餅は、少し遅くなります」
道具類が先ず運ばれて来たのである。
台盤(食卓)は美事なものであった。盥、半挿も清らかに美しいものが届けられた。
そのほか、大きな餌袋に白米を入れ、紙を仕切りにして、お菓子や、干物を包み、大そう丁寧にしてよこしているのだった。
阿漕は、今夜はぜひていさいよく、立派に三日夜の餅をさしげよう、と張り切って、袋からそれたを出し、いろいろ按配して、お菓子や栗やと、美しく器に盛りつけた。
日がようやく暮れる頃、少しやんでいた雨が、ひどくなったきた。この調子では餅は手に入らぬのではあるまいかと、阿漕が気を揉んでいると、使いの男たちが、大傘をささせて、朴ほおの櫃ひつに餅を入れて運んで来た。
「遅くなりました」
「あらまあ、ご苦労さん」
阿漕は嬉しくてたらない。蓋をあけてみると、いそいでこしらえたらしく、草餅が二種類、それに普通の餅が二種類、小さく見ば・・よく、いろいろ盛ってある。
付けられた手紙には、
「急なことだったので、急いで作りましたから、ご期待と違うかも知れませんが、あしからず。私の気持ちが充分現わせなくて残念ですが」
とある。
使いの男たちは、
「雨がひどくなりますから」
と帰りを急くので、肴は取りそろえる間もなく、酒だけ飲ませた、。阿漕は走り書きで、
「なみのお礼の言葉では、言い尽くせません。うれしさ、ご推量くださいまし」
と、お礼の返事を書いてやった。とんとん拍子に上手くいったと思って、阿漕は嬉しかった。器の蓋に、菓子を少し乗せて、姫君にさしあげた。
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