阿漕は、帯刀の胸の中で、ふと、姫君の部屋の格子が、上げられる音を耳に捉えた。
この寒い夜ふけ、姫君がご自分で格子をお上げになるはずはない、と、へんに胸騒ぎを感じた。
「どうしたのかしら、格子が・・・」
と起きようとするが、
「ええい、じたばたするなって」
帯刀の毛脛にからまれて、すとん、とまたころがされてしまう。
「あんた、聞こえないの、格子を上げる音がしたわ、どいてよ、ようす見て来るんだから」
阿漕は男の太い腕を自分の軀からどかせようとムキになるが、帯刀はよけい面白がって面白がって放さない。
「たぶん犬だろうよ、いや犬丸じゃない。しっぽのあるほんものの方だろう。いやいや、ねずみかな?」
「犬や、ねずみが格子を上げるはずないでしょ。あんた、何かたくらんでるの?」
阿漕はキッと、帯刀を見た。帯刀は目をそらして、
「何の話だい?」
「何さ、そらっとぼけて、何かしたんじゃないの? どきなさいよ。もしかして、お姫さまに何かあったら、承知しないわよ」
「おれが何をするものか」
と帯刀はなおも阿漕を抱きしめて離さない。口では達者なことを言っても、やはり、男の力にはかなわないで、阿漕は、鉄のような帯刀の四肢に、縛られたようになってしまう。
そのうち、かすかに、姫君のすすり泣きの声さえ聞こえた。
やっぱりだ、男が入っているんだ、少将さまだ、と阿漕は悟った。
「何てこと、してくれたの、あんたたち!」
阿漕は猛然と腹が立った。
「へんだ、へんだ、と思ったわ。いったいお姫さまをどうしようというの、まさかあんたまでが、ウソをついてあたしをだますなんて思いもしなかったわ、きらい、きらい! 離さないと、咬みつくわよ、おどきったら!」
阿漕の手に、真剣な力が加わった。帯刀はそれを苦もなくあしらいながら笑う。
「おれが何知るものか、そう怒るなよ・・・まさか盗っ人がはいるはずはないし、きっと、今ごろは、恋のささやきや、密なるかたらい、というやつさ。今ごろ忍んでいっても、とんだ邪魔者、と追っ払われるだけだぜ」
「バカバカ、本気で怒ってるのよ!」
ついに阿漕は跳ね起き、帯刀を。その眼から青い炎が噴き出しそうである。
「あんた、少将さまと腹を合わせて、仕組んだのね、少将さまでしょう、お姫さまの所へ押し入ったのは! ひどいことしてくれるわね、お姫さまは泣いていらっしゃるじゃないの、どんあに辛く思っていられることか、あんたって、よくもよくも・・・」
阿漕は泣き出した。帯刀は笑って、
「おいおい、子供っぽいこと、いうなよ。姫君だって、ねんね・・・ではるまし、こうしたことがすでにもう一度や二度、おありになっても、あたり前じゃないか」
帯刀のうそぶくのが、阿漕にはむやみに憎らしい。
「たしが、お姫さまのことを、どんなに思っているか、あんたには、よくわかってるはずじゃないの、かわいそうなお身の上のお姫さまの、ただ一人の味方、として、あたしがこんあにけんめいに尽くしている、それをあんたも分かってくれる、と思ってたわ。それなのに、よくも、お姫さまとあたしを裏切るようなことをしてくれたわね」
くやし涙をぽろぽろこぼして抗議する阿漕に、帯刀は、しょげた顔になった。もともと惚れた相手のこと、それが心から恨みに思い、責めている涙を見ては、帯刀も、気が折れてしまう。
「ああ、あんたみたいな薄情なろくでなしと、結婚するんじゃなかった」
阿漕がぷいと顔をそむけると、帯刀は降参気味で、
「そう、ふくれるなよ・・・な」
と、こんどは機嫌をとりはじめた。
「いや、じつは少将が、姫君に、お話しだけでも、と来られたのだが、── 話だけですまなくなったとしても、ま、それならそれで、いいじゃないか。今さら、お前がじたばたしたって仕方ないさ。これも前世からの、因縁かも知れないよ」
「それならそうと、なぜ、前もって言ってくれなかったの。しかも、あたしをダマしてお姫さまのところから引きはなす、なんて許せないわ。卑劣だわ。あんたも少将さまも許せないわ」
「だけどさ、お前が監視していちゃ、少将さまも動きが取れないし、お姫さまも羞ずかしいだろう。お前は、少将さまと姫君が結ばれることを願っていたのだから、まあ結果としては、いいんじゃないか」
「だって、あんまり、やりかたが、ひどいんだもの」
阿漕は、また、くやし涙をこぼした。
「それならそうと、こちらの心を重んじた、取り扱いをして頂きかったわ。少将さまが今夜忍んでいらっしゃるなんて、あんたはあたしに、これぽっちも言わず、しらっぱくれているのを、お姫さまは、そうはお思いにならないでしょう。きっと、あたしも今夜のことの共犯だとお思いになるわ。それが辛いのよ。── こんなお姫さまを思う気持が、いっぺんに汚されて「しまった。あたしとお姫さまの友情は、あんたたちのおかげでこわれてしまうんだわ。・・・ああ、今夜ずうっとお姫さまのおそばについていて「あげればよかった!」
「気にするなよ。姫君は、お前が共犯だなんて、お思いにならないよ。お前が何も知らなかったことぐらい、ご承知だろうさ。── そう怒るなってば」
帯刀は、そろっと、阿漕の胸を抱く。そうして、阿漕にガタガタ言わせぬために、次々と的確な男の動作をつづけていく。
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