帯刀はそれを持て母親の部屋をのぞいた。
母は、左大将邸に住み込んでいる。
「おいしそうな菓子を
餌袋
に一ぱい用意しておいて下さいよ。あとで使いに取りに来させるから」
餌袋は今のリュックサックといった感じの、食べ物を入れて運ぶ袋である。
帯刀は、少将と自分の、それぞれのデートのために菓子を用意して、少しでもにぎやかにしたかったのである。どうせ中納言邸ではたべるものも出ないだろうし、とくに、乏しい姫君の部屋のムードを、ゆたかに見せたいと思ったのだ。
この時代の菓子は、
餅餤
へいだん
といって餅に鳥の卵や野菜を入れたものや、
ちまき
・・・
もあった。
まがり
・・・
といって、米の粉をねって油で揚げた、中国わたりの菓子、それに
ひちら
・・・
といってもち米の粉を水でこねて、
煎餅
せんべい
のような形で焼いたものなど、いずれも唐わたりの食べ物なので、「唐くだもの」と呼ばれている。くだもの、といったって、フルーツのことだけでなく、間食物すべてのことをいうので、栗や梨、桃から、梅の実、ざくろまで「くだもの」と言うのだった。
中納言邸に着いた。
帯刀は、
露
つゆ
を呼び出して、邸内深くにいる阿漕を呼んでもらう、露は、はしためだから、端近の長屋に住んでいるのである。
阿漕はすぐやって来た。
「持って来てくれたの、絵は」
と催促する。
「こんなことより、これ、この手紙を姫君にお見せしてくれ」
「あら、絵は持って来てくれないの、絵なんて、どうせ、うそなんでしょう」
と言いながらも手紙を持って、姫君のところへ行った。
姫君もつれづれで退屈な時だったから、手紙をひらいて見た。
姫はうす赤くなって、
「わたくしが絵を見たいと言ったのを、お前は少将さまに連絡したの?」
と聞いた。
「ええ、帯刀に申しましたの。それを少将さまがお知りになったのでしょうね」
「まあ、いやだわ。・・・まるで、こちらの心の中まで見透かされたみたいで。わたくしのように、埋もれて暮らしている人間は、そこにありとも、人に知られない方がいいのに・・・。何かをほしがったり、したがったり、しているなんて、人に悟られたくないわ。ひっそりと、何も考えないで、暮らしていたいのよ・・・」
姫君は、姿をくらました生き方をしたいのに、阿漕が、どうかして手をひっぱって出そうとする、そのおせっかいが、不快なようすだった。姫君は、少将が自分に寄せる関心に、当惑しきっていた。
阿漕は恐縮して、
「人がまいっておりますので・・・」
と、姫君の前を退った。
帯刀は待ちかねていた。
「今晩は淋しいんだね。おれが、宿直とのいをするよ。ほかに男はいないんだろう?」
と帯刀が聞くのは、それとなく、中納言邸の様子をさぐっているのである。
「あら、そりゃ、留守番の宿直の侍はいますよ」
阿漕は答えた。
「でもやっぱり、あんたがいてくれるのと、いてくれないのとでは、安心の度合いがちがうわ」
「嬉しいことを言ってくれるねえ」
帯刀はもう有頂天である。
「おまえはやんちゃかと思えば、しおらしいところもあるんだ、おれはもう、そんな言葉を聞くと、めためたとなってこまっちゃう」
帯刀はやんちゃかと思えば、しおらしいところもあるんだ、おれはもう、そんな言葉を聞くと、めためたとなってこまっちゃう」
帯刀は阿漕の耳に口をつけて、
「今夜は寝かさないぜ」
などと言う。
「人がいないんだったら、明日の朝も、ゆっくりしていっていいだろう? そうだ、お袋に、菓子を頼んでいた。あれを取りにやろう」
帯刀は、従者の竹丸を呼んだ。
これは十五、六の、ニキビの出た少年である。
田舎うまれの、まじめで、素朴な少年なので、今どきの都育ちの従者のように、いいかげんな、軽薄な人間ではない。帯刀にいいつけられるいと、
「はッ!」
とすぐさま左大将邸へ飛んで行く。一心不乱にお使いをして、またたくうちに戻って来た。
ぐっしょりと濡れているので、
「おや、雨か?」
と帯刀は言う。
「はい、雨が降っています」
竹丸は袋を濡らさないようにかばっていたので、初冬の雨に濡れて、冷えこごえた顔をしていた。
「ごくろうさんだねえ。露や、竹丸を火にあぶらせておやり。風邪をひいたらたいへんだわ」
阿漕はねぎらった。
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