当日は、冬にしては暖かい、快晴のいい日和だった。
早朝から邸はごった返すさわぎだったが、やっとのことでみんなが出て行くと、あとはひっそりして、うそのように静まり返ってしまった。
心細いほど、しんかんとした邸の中で、
「でもまあ、ようございました、おかげで二、三日は、お姫さまとゆっくり二人きり・・・・」
阿漕は、今や、姫君の部屋へ入りびたり、姫君も珍しく物思いなさそうな明るい顔でむつまじく阿漕と話していた。
そこへ、帯刀が手紙をよこした。
「石山詣でのお供に加わらなかったというのは、私のためかな? それなら、これから行くよ。いいだろう?」
と言うのである。取り次いだ露は、
「お返事はどう言っておきましょう?」
「ちょっとお待ち、手紙を書くわ」
阿漕は部屋へ戻って、はしり書きをした。
「姫君がすこしお具合がわるくてお残りになったので、私も残ったのです。どうして、お姫さまをおいていけますものか、なんで、あんたのために残らないといけないの? でも、とにかく退屈です。あたしを慰めにいらっしゃい。
それから、この間言っていた、女御さまのところに柄をお持ちになっていらっしゃる絵を、きっと持って来て見せてちょうだい。
お姫さまも退屈なさっていますから。
いいこと?
あたしの家来の惟成へ。
阿漕より」
帯刀は、うーむと考えた。この手紙は、ナゾをっけているのではないか?
帯刀の得た情報では、姫君は北の方の意地悪で、留守番に残された、というものだったが、阿漕は、それを病気のため、というふうにいいつくろっている。それは彼女の勝気のためだろう。
姫君の体面をかばうつもりで、そい言い張っているところが、彼女らしく、ほほえましい。
それはいいが、「絵を持って来い」と言うのは、今宵、人少なの折に、少将をひそかに案内せよ、とのナゾではないか?
帯刀は、本来、深沈とした思慮などある男ではないから、自分ひとりの考えにいまっておけないで、
「え─、実は」
と少将に手紙を見せた。
「何だ、誰の手紙だ」
少将は文を取って読み、
「これが、惟成の妻の筆跡か」
「さようで、最愛の妻の手でございます」
「ばかめ。ふたことめには、のろけおる。しかし、お前がそう言うだけあって、字は美しいな、才気があってはつらつとしている。すばらしい女だとみえる」
「へへへへ。── それはともかく、その文面でございますが、なにやら、わけがありそうで」
「そうだな。ちょうどいい機会じゃないか。姫君の部屋へ忍び込めるように手配しろ」
「では、どうか、絵を一枚お貸し下さい。それを持って行きまして、細工いたします」
「首尾よく姫君をものにしたときに見せることにするよ」
「今夜、きっとそうなりますよ」
少将は笑いながら、自分の部屋に入って白い色紙にさらさらと絵を描いた。
いったい、この時代の貴族は、たいてい、絵をたしなんだものである。貴族の教養の中には、男女を問わず、書とともに、絵の習得も入っていたのだ。「源氏物語」を見ても、須磨へ流された源氏は、絵日記をかいている。
また、女性でも秋好中宮は、絵をみずから描いている。現代の若い人々が、簡単にマンガなどたしなむように、貴族たちは、墨絵など、日常の交信にも闊達かったつに描き流すのであった。
少将は、小指を銜くわえて、口をつぼめている男の、おどけ絵を描いた。その横へ、
「絵をお召のようですから。── つれないあなたに、私は決してほほえみなんか見せませんよ。絵見せぬ・・・なあんて、
どうもつまらぬシャレで。
恋すると、大の男も、子供っぽくなってしまいます。
おとなっぽいふとへ」
少将は、帯刀に、
「これをもってゆけ」
と与えた。
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