右近の少将からまた、手紙が来た。
「手ごわいあなたへ。
私の恋心は、ますます、そそられます。
もう、こうなれば根気くらべです。天の川に雲の橋をかけるつもりで、お返事を見るまでは、手紙はやめませんよ」
毎日のように、手紙は届けられる。
少将の方では、姫君が全く返事をせず、なしのつぶてでいるのを、ふしぎに思った。
この時代の風習として、男が、こりずに二度三度と手紙をよこすと、返事をするのは礼儀である。
そのとき、全く交際する気がなければ、一度で断わるし、いささかでも、その気持が動けば、断わるでもなし、断わらぬでもなし、という
婉曲
な文面になる。
そのかけひきの面白さが、当時のおとなの男女の社交であり、ゲームであった。
男から手紙が数度、重ねて来て、しかも、ひとことの返答もなし、というのは、ルール違反といってもいい。
しかし、右近の少将は、それを好意的に解釈していた。多分に、
帯刀
たちはき
から聞いた姫君の人となりについての先入観があるためか(帯刀は、それを
阿漕
あこぎ
に聞いたのであるが)
(姫君は、まだ、うぶで、世間ずれしていないのだろyなあ)
と思っている。
(たぶん、恋文などというものを貰ったのははじめてで、動転して、当惑しているのではなかろうか。・・・)
そう思いつつも、帯刀に、
「女らしい人柄だと聞いているが、もしそうなら、も少しやさしい情を知りそうなものではないか。どうして、一行二行の返事さえないのだろう」
と責めていた。
「どういうことでございますかな」
帯刀も、責められたって、仕方がないので困るのみである。
「北の方が、意地わるな根性まがりでいらっしゃるので、“かくれて何かしたらひどい目にあわす”といつも脅していられるらしくて、それをおじ怖れておいでなのではございませんか。阿漕がそう申しておりますが」
「なるほど ── そんな北の方の鼻をあかしてやりたいものだな」
負けん気の強い少将は、話を聞いただけでも、
敵愾心
てきがいしん
をもったようすだった。
「何が何でも、私を姫君の部屋へ、案内しろよ、
惟成
これなり
」
少将は以前にもまして、帯刀を責めるようになっていた。
──
苛
いじ
められている可憐の姫君・・・少将の頭には、しだいに自分自身の空想も加わって、まるで自分が姫を救いに行く英雄のように思い描かれる。八またの
大蛇
おろち
に呑まれようとする、
奇稲田
くしなだ
姫が姫君であるかのように ──。そして、青年英雄のスサノオである少将の心には、男の好色心と冒険心が分かちがたく渦巻いているのである。
帯刀は、どういう風にして、少将を手引きしようかなあ、と考えながら、つい、日を過ごしているうちに、はや、十日もたってしまた。
まだよい折は来ぬか、と少将はやかましく責めていたが、また、しびれをきらして手紙を書いた。
「今日もお手紙がなかった。
もう、こちらからもさしあげるのを止そうかと思います。つらさが増さる気がしますので、じっとこらえて恋の重みに堪えていようと思ったのですが、堪えきれず、また、手紙を書いてしまいました。男として、みっともないと自嘲しながら。── お笑い下さい」
「おい、これは絶対に返事を貰って来いよ」
少将は帯刀に厳命した。
「さもなければ、色よい知らせをもたらしてこい。手ぶらで帰って来ると承知せんぞ」
帯刀は、頭をかいて、手紙を受け取った。
阿漕のところへ早速行って、
「えらい目にあったっよ ── どうしても、姫君の返事を貰って来いと言う命令だ。お前が一生懸命にならないからだろう、と叱られちゃった」
と訴えて、手紙を渡す。
「こまるわねえ、お姫さまは、“どうご返事したらいいのか、わからないのだもの”とおっしゃって、途方に暮れてらしたわ。それに、結婚のことは、現実的に考えられないごようすなの」
「ま、ともかく、今度のことは、いつもとちがう、少将が血の涙でお書きになったのだ、と申し上げてくれよ」
「べつに血の色をしてないじゃないの」
「物のたとえだよ」
「男って、どうしてそう、いうことが大げさなの」
「あ、痛!」
と帯刀と阿漕ははふざけていき、
「おいおい、それどころじゃないよ。手ぶらで帰ると承知せん、という厳命なんだ」
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