翌日の晩、阿漕のもとへ出かけた時、帯刀は、いうおかいうまいか、すこし迷ったが、
「お前は、姫君を、誰かまめやかな男に手に盗ませて、北の方の鼻をあかしてやりたい、と言っていたが、ちょうど格好のかたが、つい手近にいられたよ」
ともちかけてみた。
果たして阿漕は眼を輝かせ、
「えっ。だれなの?」
とうれしそうに聞く。
「お邸の若さまだよ ── 左大将どののご子息、右近の少将・藤原道頼さま、さ」
「まあ」
「ちょっと、姫君のお噂をしたものだから、・・・そても恋いこがれられてね、姫君とのことをとり持ってくれ、と言われるのだ」
「でも、あの方は色好みって評判よ」
いざとなると、阿漕はきびしい選択をするのである。
「あちこちに恋人がたくさん、いらっしゃるとか。お姫さまへの恋が真実かどうか、わかるもんですか」
「いや、そんなことはない、まじめな方だよ。おれとおんなじだ。この主人にしてこの家来あり」
「まあ、少将さまの話は、もっとよく考えてからね」
と阿漕は冷淡に言う。
「それに、お姫さまはとても、そんな気になられないようだし」
「おれはどう返事すればいいんだい、少将に、子供の使いじゃあるまいし、追い返されて手ぶらで帰れないよ。いっぺん、その話を、お姫さまの三木に入れるだけは入れておくれ」
「だって・・・・」
「お前は、おれが少将のご機嫌を損じて、お邸にいられなくなっても、いいのかい。ひいては、お袋までお邸をしくじって追い出されるようになっても、いいのかい」
「しょうがないわねえ・・・・」
と阿漕は考えて、
「じゃ、まあそのうち、それとなく、お姫さまのご意向をうかがっとくわ」
と言った。
実のところ、これは阿漕の策略である。
右近の少将、という名前を聞いた時、しめた、思ったのだった。
三の君の婿、蔵人の少将と対抗出来る青年貴族としては、当代には、右近の少将をおいてほかにない。阿漕は、姫君の結婚相手の候補者として、ひそかに、帯刀の乳兄弟の若殿を考えていたのである。
しかし、自分からそれを言い出しては、姫君の値打が下がることになる。おしゃべりな帯刀が、若さまにしゃべることは目に見えているので、せっせと帯刀に、姫君のことを宣伝し、
(どこかに、よい婿君が・・・)
といい、いい、して来たのであった。帯刀はまんまとひっかかって、少将に告げ、少将は、色気を示しているらしい。
しかし、阿漕は、まだまだ、許さないではねつけていくつもりである。
拒否されればされるほど、男の執着は増し関心は高まるであろう。
その間に、長く時間をかけて、姫君を説得しなければいけないし・・・・阿漕としては、いろいろ、もくろみや思惑があるのだった。
それで帯刀に怨まれると、困ったような顔を見せて、
「仕方ないわねえ、じゃ、まあ、申し上げるだけ申し上げてみるわ」
としびしぶ承知した風をみせた。
帯刀をあやつるのは、阿漕は簡単なのであるが、姫君を説得するのは、これは難事業であった。
阿漕は、朝になると、さっそく姫君の部屋へ行った。
「まあ、やっと世間の風が吹いて参りましたわ、お姫さま。求婚なさる殿方があらわれました。なんと、右近の少将さまですわ、あのすばらしい方!・・・私の夫の帯刀を、いつも親しく召し寄せられまいて、ぜひに、という熱心なお申しこみですのよ!」
若い姫なら、心も動くはずの話なのに、
「そうお」
と姫君は静かに言うだけである。
「いつまでもそうやって、お一人で暮らしていらっしゃってもつまりませんわ、こんなお暮しではお気の毒ですし」
「でも、お父さまや、お母さまのお許しは出ないでしょうよ、きっと」
「いいえ、お許しなぞ、待っていられることはありますまい。ひそかにご結婚を・・・」
「そんな、勝手なことは、わたくしには出来ないわ・・・お母さまがどんなにお怒りになるか、おそろしいわ、考えただけでも」
と姫君は、身ぶるいせんばかりだった。
そのとき、北の方の声がひびき、二人とも、ぎょっとなってしまった。
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