~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅹ』 ~ ~
== 『 お ち く ぼ 物 語 』 ==

著:田辺 聖子
発 行 所:文 芸 春 秋
 
~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅹ』 ~ ~
== 『 お ち く ぼ 物 語 』 ==

著:田辺 聖子
発 行 所:文 芸 春 秋
第一章 おちくぼ姫 (十四)
「惟成、いまの話だがね」
少将は、別の部屋で、帯刀と二人だけになると、さっそく、言った。
あたりに、誰もいないのをたしかめて少将は、
「その、中納言のまま姫とは、どんな方だね」
と、男の好奇心をあらわに見せて聞く。
事実、少将は、帯刀にちらりと聞いて、にわかに好奇心をかきたてられたのである。
親たちが金に飽かして育て上げた娘、というのに食傷させられている少将は、薄幸な薄幸な身の上の姫に、興味を持ったのである。
美人で、あわれな身の上、というところに男の庇護本能をそそられたのかも知れない。
帯刀は、得たり、と阿漕から聞いた話を、あらいざらいしゃべった。もともと少将と帯刀は、何の秘密もわけへだいぇもない仲なのである。そこへもってきて、帯刀は、胸ひとつにたたんでおく、ということのあんまりできない、軽々薄薄たるところがある。
姫君が宮腹でいられること、毎日の、継母・北の方の虐待、姫君おさびしい日常。
帯刀は、阿漕から聞いた姫君の歌まで披露した。
「うーむ。いじらしい姫君じゃないか」
少将は、すっかり心うごかさtれたようすだった。
「だいたい、今どきの大家の姫君というのは、みな思いあがっているからなあ。親の威光をかさに着て、夫を夫とも思わぬ傲慢な妻が多いのだそうだ。私の友人どもは、みな、そう言っている。あの、蔵人の少将も、三の君と結婚して難義しているそうじゃないか、私にもこぼしていたよ」
「へへへへ。お仕えしおているご主人のことを悪く言うのも何ですが、蔵人の少将さまの方も、すこし、浮気が過ぎますようで、それを、姫君の方はご不快に思われるのでしょう」
「うるさい妻なら持たぬ方がましだな ── ところで、」その姫君は、ほんとうに美人なのかね?」
「はい、おそば近く仕えている女房がうけあうのですから、まちがいありません」
「その女房が、お前の妻なのか?」
「まあ、そういうところで」
「妻も、美人なのかい? 話に聞くところでは、ひとかたならず 奔命 ほんめい して手に入れたそうじゃないか」
「それだけの価値がある女でして」
「こいつ。ぬけぬけと」
「まず、あんな、いい女はいません。若くても気働きがあり、親切でやさしくて、美人で気性が烈しくて、話してて面白く、抱いて面白い。あうたびに惚れ直します」
「おのれ、許さん。ぬけぬけとのろけた罰に、私を、その姫君のもとへ案内しろ。いいや、絶対に、私はあとへひかないぞ。お前の妻の手引きで、姫君の部屋へ入れてくれ」
帯刀は困ってしまった。

そんなことを言ったら、阿漕にどれだけ、どやされるかしれない。それに、少将は、帯刀にみるところ、中納言家で重んじられないまま姫ならば「盗んで」もさして問題になるまいと、たかをくくっているらしい気配もある。
そんなことが知れたら、なお阿漕の憤激を買うであろう。
「いや、しかし、姫君は何とお思いになるでしょうか。結婚、なぞということは、思いもかけられぬようでして、まあ、追い追いに、あなたさまのお気持ちを話して、うまく持ちかけることにいたしますので、今が今、というわけにはいきますまい」
「いや、待てないよ。ともかく、私を部屋に入れてくれたら、いいのだ。幸い、親の部屋から離れて、落ち窪んだところらしいから、こういう場合は便利だ。忍んでいったとて、誰も気付くまい」
「それはそうでございますが、姫君よりもまず、私めの妻を籠絡ろうらくしませんと、これが、なかなか、シタタカものでございます」
「えらいことになってきた、と帯刀は思った。
少将の期待しているのは、たぶん、いっときのスリルにみちた情事であろう。
しかし、阿漕の期待しているのは、姫君を真実な男性の手に託し、幸福な、永続性のある結婚生活を送らせることであろう。帯刀は、しぶい顔になった。
まさか若君の少将に向かって、
(つまみ食いは。あきまへん)
と釘をさすことも出来ない。
2026/04/02
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