~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅹ』 ~ ~
== 『 お ち く ぼ 物 語 』 ==

著:田辺 聖子
発 行 所:文 芸 春 秋
 
~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅹ』 ~ ~
== 『 お ち く ぼ 物 語 』 ==

著:田辺 聖子
発 行 所:文 芸 春 秋
第一章 おちくぼ姫 (十三)
さて、右近の少将も、この頃の青年貴族らしく、夜になると、あちらの邸、こちらの別宅の若女房たちに通い歩いて、浮名を流していたが、さすがに、ちゃんといた家柄の姫君をひそかに「盗む」などという大それたことは、まだしたことがな。
盗んで露顕したら、いやおうなく婿にされてしまう。その姫君が、幸い、好きなタイプだと好都合だが、「盗んで」みて、げっそりと落胆させられるような相手だったりしたら、何とも進退きわまってしまう。美人だという噂だったのに、とあとでくやしがってもおそい。何しろ、婚約を前提とした付き合いをしようにも、手紙のやりとりばかり、それも自筆なのやら代筆なのやら、雲をつかむように頼りないのだから、勇気のある好色な青年は「盗む」ほうが手ごたえがある。
しかし、親が権力者だったりすると、「盗む」のは、自分の政治生命を懸けなばならぬ場合がある。
少将はあとが面倒なので、そういう大物の姫君を盗むのは敬遠して、もっぱら浮気者で男ずれした、気の利いた若女房たちを あさ っているのである。
少将は、、毎日、愉快である。華やかな宮廷生活、健康、若さ、恋、酒、歌に女たち・・・・。北の方を迎えて身を固める、なんぞという気にはなれない。
「いつまでもそんなことをおっしゃって、ぶらぶらなさっていてはなりません」
と乳母はきびしく言う。
「お友達の蔵人の少将さまをご覧なさいませ。ちゃんと、中納言家の三の君と結婚あそばされて、お邸では、下へも置かぬもてなしで、大切にされていらっしゃるとか。殿方は、それでこそ世間の信用も重くなるのですよ。しかるべきお家柄の姫君の婿になられてこそ、一人前の殿方でございますよ」
「わかったよ。いずれは、そうするよ」
「いずれは、いずれは、でもう二、三年たったではございませんか」
乳母は、いつも何か、あたらしい情報を聞き込んで来ていた。
「二条の大納言家だいなごんけのお姫さまはいかがでしょう? すこし、お年かさで、ご器量の方も、もう一つ、という所らしいのですが、何しろ、ご裕福なおうちでございますから、婿君の待遇は、なみのお家では、及びもつかぬほど豪勢になさるらしゅうございますよ」
「結婚はしないで、婿の待遇だけ、してもらうわけにはいかないのかね。金のあるのはいいが、年かさで、ぶきりょう女など、ごめんだよ」
「また、そんな冗談を。まじめにお聞き下さいませ。兵部卿ひょうぶきょう の宮さまのお姫さまは・・・・」
「ああ、おれはいやだ、あの親爺は好かない。気の合わぬしゅうとと婿ほど、居辛いものはないよ。私の友人でも、いやな舅に悩まされている男はいっぱい、いる」
「そう何もかも、いやだとおっしゃってはしかたがございませんねえ」
と乳母はさじを投げたが、しかし、縁談や出産、葬式の話は、女のもっとも好む話題である。乳母はこりずに、あの姫君、この姫君の噂を、少将に聞かせるのである。
たぶん、しかるべき姫君たちの情報を、しかるべき婿がねに流してゆく専門の役の人々がいるのであろう。
「惟成や、お前は蔵人の少将さまについて中納言家へ参上するようだけど、あそこにはまだ三の君のお妹、四の君がいらっしゃるという話だねえ、どんなお方? 美人なの?」
と乳母は、息子の帯刀からも、情報蒐集しゅうしゅうを強要しようとする。
「さあ、まだ子供でいられるのではないですか。美人かどうか、どうして私ごときにお顔が拝めますものか ──。しかし、妹君よりは、もっと適齢の姫君が一人、いらっしゃいます。何でもたいそうな美人だそうですが、北の方の実のお子ではないそうで、あるかなきかに扱われていらして、住んでいられる部屋も、床の落ち窪んだところで、あわれなご境遇だとか ──」
「そんな方がどうなるものか、お前、少しは、若さまに似つかわしいような身分のお姫さまを探しておくれ。お前の話は、まるきり、何の役にも立ちはしない」
と帯刀は、叱られてしまった。
2026/04/01
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