阿漕の心に微妙な変化がおきた。
いつも自分を見ると、間がな、隙がな、くどいている男、その男が、、ちょっと見えないと、
(おや?・・・今日はどうしたのかしら、お供の中にいないわ)
と無意識に、視線で探すようになったのである。
自分に言い寄ってうるさくつきまとう、うっとおしい男、半ばバカにし、半ば期待のようなものを抱きながら、いつか、帯刀が心に棲みつくようになっていた。
帯刀が三、四度、邸に来ないことがあった。
阿漕は思い切って、露に、探らせてみた。
「帯刀さんは病気だそうですよ。風邪をこじらせて、やすんでいるって朋輩の人が言いました」
露がそう言ったとき、ふしぎや ──、阿漕は猛烈に、腹が立ったのである。
(何さ、── 病気になんか、なったりして! ── あたしに心配させたりして、なまいきだわ。あんな男は、いつ見ても鬼のようにたくましく、殺しても死なないような体でいなくっちゃいけない。人なみに病気するなんて、なまいきだわ!)
しかし、阿漕のしたことは、見舞いの手紙を書いて、こっそり、露にことづけるという正反対のことだった。
「お返事は、明日さしあげるって、帯刀さんは、言いました」
露が帰って来て言う。
「具合が悪そうだった?」
阿漕は、正直いって、心配だった。
「ええ、ずうっと寝ていたそうですよ。髯なんかのびてて、栗のイガみたいになってました。痩せていました ── でも「、とても、お手紙見てよろこんで、あたしに、お菓子をどっさり、くれました」
露は、きれいな破子わりこに詰められた油菓子や、餅を見せた。
「お姫さまにも、さいあげましょうか?」
「いいわ、それは露がひとりでおあがり」
と阿漕が言うと、少女は大喜びで袖で包むようにして、持って行った。
その夜、阿漕が眠っていると、ほとほとと板戸をたたく音がする。
寒いときだったので、阿漕は、ふすまをかぶったまま、
「誰?」
とひそかに言うと、答えはなくて、またほとほと叩く。
阿漕は立って行って、縣金かけがねははずさないまま、戸に顔を押しつけ、
「誰なの?」
と言った。声を殺して、
「おれだよ」
と答えるのは、まさしく帯刀である。
「まあ、どうしたの?」
「どうしたのって、おれ、うれしくてうれしおくて、寝ていられなくなってさ、ちょっとここをあけておくれ」
「ダメよ、あたし一人でやすんでいる部屋なんですもの」
「固いこと、いうんじゃないよ。おれはまだ病人なんだ」
帯刀の声は、何だか、いつもよりは生彩を欠いているようである。
「こんな寒い、吹きさらしの縁に立たせて、また病気をぶり返させようというのかい?」
「・・・・」
「あんたの手紙を見てうれしかったよ。だから、夢中で飛んで来たんだよ。ひとこと、ありがとう、とお礼がいいたくて・・・・」
「・・・・」
「それだけだよ。あんたの顔を見るだけだよ。何しろ、おれは病人なんだ。モノも食べてなくて、力が入らない。こうして立っているのが精一杯というなさけない、ていたらくさ ──阿漕さん、おねがいだ、あけておくれ、一目会って、ありがとう、といいたいよ・・・嬉しかったんだ、おれ」
帯刀のあわれっぽい声、可愛げのある男のセリフに、阿漕は思わず、懸金をはずして、迎え入れた。
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