~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅹ』 ~ ~
== 『 お ち く ぼ 物 語 』 ==

著:田辺 聖子
発 行 所:文 芸 春 秋
 
~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅹ』 ~ ~
== 『 お ち く ぼ 物 語 』 ==

著:田辺 聖子
発 行 所:文 芸 春 秋
第一章 おちくぼ姫 (九)
帯刀は、三の君の婿、蔵人の少将の家来である。
蔵人の少将の供をして中納言の邸へ通っているうち、阿漕を見そめた.
気が利いていて、 容子 ようし のいい若い男だから、三の君の女房たちにも人気があった。
惟成 これなり さん、惟成さん」
とたいそう、もてるのであった。
惟成というのは、帯刀の名である。
阿漕は、三の君のそばに仕えていても、心はいつも、落窪の姫君のもとへ飛んでいるので、帯刀など、気にもとめていなかった。
それで帯刀が、意味あり気な視線や、そぶりをみせても、
(あつかましいやつだわ)
ぐらいいしか、考えていなかった。
帯刀のほうでも、
(つんつんした奴だな、おれなんか、はなもひっかけない、という顔をしていやがる)

と小憎らしく思った。
そのくせ、阿漕が忘れられない。
阿漕は両方の姫君に仕えているので、いつもいそがしくて、朋輩の女房たちとのんびりつきあっていられない。大てい心せわしく、きりきりと働いている。しかし、人々の前では、はしたなく、ばたばた出来ないので、つとめて、しとやかに、雅びやかにふるまっている。
帯刀は、そういう点も、いつのまにか観察して、変わった女だなあと好奇心を持った。
「あなたは、いつもお忙しそうですね」
と帯刀は、機会をとらえては、阿漕に話しかける。
「それでは、恋をささやくおひまも、ありますまい ── おさびしいでしょう?」
「恋どころか、むだ話をしているひまさえ、ありませんわよ」
と阿漕は、けんつくをくらわせて、向うへ去ってしまった。
帯刀はせっせと恋文を書いた。今や、彼の好奇心は、好意から恋へと募ってきたのである。
阿漕からはちっとも返事がなかったが、受け取ることは受け取っていたので、帯刀はあきらめないで、けんめいに求愛しつづけた。そうして、阿漕に会うたびに、こりずに、何度も何度も、くり返しくり返し、吹き込む。
「あなたが好きで好きで、夜も眠れないのですよ。どうしてくれます?」
「もし私と結婚してくれたら、生涯、あなたのほかに妻は持ちません。八百万やおろずの神々、仏さまに誓って! 一人の夫、一人の妻として愛し合って一生を送るつもりです ── 浮気じゃない。誓います」
「私はまだ若くて丈夫で、蔵人の少将さまのおおぼえもめでたい。また乳兄弟には左大将さまの御子息、右近の少将さまもいられる。これからも引き立てて下さるだろうから「、出世はまちがいなし、ですぞ。あなたに決して苦労はさせません」
帯刀は、はじめ、ちょいと浮気してみてもいいな、というぐらいの気持なのだった。
しかし、阿漕は、見た目より手ごわい相手だとわかった。勝気で、はしこくて、しかも理不尽なことに対しては、全身で抵抗する。
納得のいかないことには、決して泣き寝入りしない。
そういう鮮烈な気性であることも、おいおい分かって来た。
そんな女に、
(かりそめの遊び)
などとささやいたら、どれほど、どやされるか、わかりはしない。
帯刀は、「たった一人の妻」にする、と誓ってでも、阿漕を、ものにしたくなったのである。本心をいうと、将来のことは成り行きまかせだと思っているが、とりあえずは、ほかの男が、阿漕をさらってしまわないかと、気がせかれるのであった。
そうして、押して押して、押しまくった。
顔を見るたびに、
「阿漕さん、あんたは、私と結婚するほうが、幸福なんだよ」
と吹き込みつづけた。
阿漕は、少しずつ、押されて、じりじり後退してゆく。
「なまいきよ、あんたって、なまいきだわ、あつかましいわ、へんな人ねえ・・・」
と呟きながら、押しまくられて、土俵ぎわへ追いつめられてしまう。
(気のつよい女には、押しの一手さ・・・)
と帯刀は思っていた。
2026/03/29
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