北の方は、姫君の縫う衣がすぐれて美事に仕立てられているのに目をつけた。
「まあ、── 取り得はそれぞれにあるものだね。美人でもない女は、せめて何か実直な手わざを習っているのは、いいことですよ。これからは、あなたに縫物を頼みますよ」
と言うよになった。
それからは、婿たちの装束を、どっさり、持ち込んで来る。夜も眠れぬほど仕事をしていても、まだ仕上がらず、すると北の方は、
「このぐらいのことを、おっくうがったいて、どうするつもり。たったこれしき縫えない、というんなら、何を自分の仕事にするの」
と叱るのだった。
姫君は、その険のある口調に、心が萎えていく。北の方に向かうときは、いつもびくびくして、やわらかな心を両手で庇うように、警戒的な気持になってゆく。
北の方のほうでも、
「可愛げのない姫でいっれるんですよ」
と、夫の中納言にいうようになっている。
「ちっとも、なつこうおとなさらなくて、いつまでのよそよそしくてねえ。私を、母親とは思えないんでしょう。生みの母親だけを慕っていらして、こちらがいくら心を開いてもそっぽを向いていられるんですよ」
中納言は男の常として、そんな話はにがてである。聞いていて面白くない。
「女の子だから、あなたに任せるよ ── 悪気はない子だと思うから、ぼつぼつに、しつけておくれ」
と、北の方をなだめていた。
姫君は、初めて北の方のもとへ連れて来られたとき、
「これから、この方が、お母さまだよ。お母さまと呼びなさい」
と父に言われた。
そのとき見た北の方は、りっぱな、といえるような婦人だった。たくさんの子供を産んでいたが、体も大きく、色白く豊満で、髪も長く、目鼻立ちもはっきりして、声に力があった。
姫君の母君は、か細い優し気な女性であったが、北の方はどんな点でもたいそうちがう。
「可愛げな子ですこと、
眉目
よい子ですね、大きくなったらさぞ、美しくなるでしょう、楽しみですわ」
北の方はそう言いながら微笑して、姫君を見た。
その時、子供心にも、姫君は、北の方が口もとは笑っているのに、目は笑っていない気がして、そのちぐはぐな不思議さを確かめるように、じーっと、北の方を見守った。
俊敏な童女の、曇りない心に、影をおとす何かを、感じ取ったのかも知れない。
北の方は、あとで夫の中納言に言った。
「じっと、人の顔を見るくせのある子ですね。何か、心をへだてているような、ところがありますわ。── どうして、ああなんでしょう。子供らしい、あかるい無邪気なところがないみたい」
中納言は、そう言われると、そんな気もする。本邸で手もとにおいて育てている子供たちと、すこしどこかニュアンスの違う気がする。
男というものは、女の言葉に影響をうけやすいものである。
「人少ない邸で育った子ですから、・・・・人見知りするのだろうね。慣れたらそのうちには、なつくだろう」
姫は
怜悧
れいり
で、何を教えてもすぐ、おぼえこむ。
本邸の子供たちと一緒になって習いごとをするのだが、たちまち、ぐんぐん上達する。
北の方は中納言に向かって、いつも、
「一生けんめい育てましたわ、女の子一通りの心得はちゃんと、わけへだてなく、教えましたわ」
と自慢している。
中納言は、たしかにそうだと思って、頭が上がらない。
しかし、それは、姫君が、人なみよりずっとさかしくて、たちまち、読み書き、歌、音楽と、
会得
えとく
してしまったからで、あとは自分で、習いとる能力があったからでもある。
だが、その後が問題だった。北の方は、自分の娘たちと、姫君を離してしまった。
つまり、姫たちはみな、そろそろ年ごろになり、金をかけなかればいけない時期になったのだ。貴族の姫君は、財を惜しまず贅沢に育てられなければいけない。結婚のために ──。
この時代の結婚は、婿取むことり結婚である。
娘を持つ親は、金銀財宝で娘を飾りたて、大事にかしずき、宝物のように愛蔵する。そうして、これと思う婿を物色して、通婚を許す。
青年たちが争って婿になりたがるような娘はどんなのかというと、本人の容貌や教養や心ばえは第二義である。
まず、娘の親に経済力があること、権勢家であること、娘を金に糸目をつけず大切に育てていること、であった。
それはすなわち。婿を、優遇してくれることにつながるからである。
娘は結婚しても親の家にいて、婿を通わせる形になるため、婿の世話万端は、娘の親が見るのであった。
親は新婚の部屋を美々しく飾り立て、婿の食事から衣服のはしばしに至るまで、一切負担する。婿の出世は一族の出世であり、一族の財力をあげて、後援を惜しまないのであった。
だから、娘を持った親たちの荷重はたいへんなものである。男の子を持った親は、反対に、なにも苦労がなくて気楽なのであるが・・・・。
また、それゆえにこそ、親のない娘ほど、あわれなものはなかった。親が死に、通う婿もない娘は、かなり身分高い貴族の姫君でも、窮迫のうちに消えるように死んでゆく。
「今昔物語」にも、零落した姫君が、あばらやで、見るかげもなく老いさらばえ、死んだ話が載っている。「源氏物語」の末摘花すえつむはなの姫君は、幸運にも、源氏の君に拾われて、安らかな老後を保障されることが出来たけれども・・・・。
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