それほど姫君はさしせまって、物質的に窮迫した暮らしなのである。
着物でさえ、まるで阿漕とでは、どちらが召使いか分からない。阿漕の方は、人前に出す侍女だからというので、小奇麗な
袿
を北の方から支給されている。
しかし姫君は古ぼけた白のままの
単衣
ひとえ
に、着古してすり切れた、色あせた
袴
はかま
、ほそい肩は寒そうに震えていて、若い姫君というより、まるで貧家の老婆のような姿だった。
この落窪の部屋にあるものは、すべてみな、古びてすり切れ、ほころびたものばかり、北の方が、屋敷の中のすたれもの、お下がりなどを姫君に与えるのである。
姫君は縫物がきわめて上手なので、それらを巧みにつづくり合せて身にまとっているもである。
着るものもさりながら、調度や、家具らしいものも見当らない。風を防ぐ
几帳
きちょう
や、
屏風
びょうぶ
さえ、ないのだ。
北の方は、
「どうせ人前に出ないのだから、身なりにかまわなくてよい。また、落窪の間に、客を通すはずみなし、調度を飾るのは要らぬことです」
というのである。
「追い追い、お寒くなりますから、私がどこからか、几帳を調達してまいりますわ・・・今年の春、ここの一つあった几帳さえ、北の方さまが持っていっておしまいになった・・・そのくせ、西の
対
たい
や東の対のお姫さまたちのお部屋には、
蒔絵
まきえ
の
厨子
ずし
だの、
沈
じん
の火桶だのと、それは結構なお道具が、腐るほどあるのですよ。なのに、こちらには、ひとつも下さらない。物惜しみで強欲で・・・・」
阿漕が口をひらけば、北の方の悪口になる。
「もう、お止し、愚痴や、悪口は、言うほどに、自分を傷つけるわ。── 楽しいことだけ話しましょうよ・・・・三の君の婿君、というのはどんな殿方? すばらしい方?」
と姫君は、若い女性らしい好奇心を、おさえかねるように聞く。
「そうでございますね、美男子でいらして、
蔵人
くろうど
の少将という高いご身分にふさわしい立派な威厳のある方ですわ」
「まあ」
姫君は、うっとりと、視線を宙にさ迷わせた。姫君にとっては、阿漕のもたらす噂話が、唯一の世間への窓口なであった。
それに、さかしくて、はしっこい阿漕のことなので、観察も描写もするどくて、姫君は、彼女としゃべっていると、楽しく面白い。
阿漕が日頃、目をかけている女童めのわらわの、露つゆという十二、三ばかりの子が、
「お夕食を持ってまいりました。お姫さま」
とそっと襖の外から言う。
阿漕は。三の君のところに仕えていても、心はいつも姫君のそばにあって、間がなすきがな、姫君のもとへ来て世話をし、気にかけている。それと同じように、露も、北の方や西の対の姫君たちの目をぬすんで、姫君のために心を砕いているのである。
この子は、無邪気な少女で、やさしい姫君になついているのである。
「あたたかい、あつものがございます。雉きじの肉のあつものでございますよ。台所の婢女おはしたにおあいそをいって、わけてもらいました」
と露は得意そうである。
「それはよくやったわね」
阿漕がほめて、
「せっかくの露の心づくしでございますから、冷めないうちにお召し上がりなさいませ。雉の肉は体があたたまって、夜もよくおやすみになれましょう」
と、姫君の前へ、一本足の高坏たかつきを据えた。
姫君はうれしそうに箸をとった。
「お前たちのおかげで、つつがなく生きていられるのだわ。お礼を申しますよ」
「もったいないことを仰せられます。ほんとなら、お姫さまは身分からいっても、多くの人々に大切にかしずかれていらっしゃるはずなのに・・・・」
と阿漕は言いかけたが、自分の気を引き立てるように話を変えた。
「蔵人の少将は、お年は二十四、とか、三の君さまとはお似合いですが・・・・」
「ですが、なに?」
「どちらもお気が強くって、わがままなご性格らしくて、そこもお似合い、口げんかなさるといい勝負で、聞いていると面白くて」
「まあ、阿漕ったら」
姫君はあつものの椀の、熱さを手のひらにいとおしむように持ちつつんで、ひとくち、ふたくち飲む。
「あつくて、おししいわ・・・・」
とにっこり、する。そうすると、姫君の白い頬に、ほのぼのと血がのぼって、紅味がさす。それを見ると阿漕は、姫君がいじらしくてたまらず、もっとおいしいものを食べさせてあげたくなる。
そうして、つくづくと姫君を拝見して、決して身びいきというのではないが、三の君や四の君よりも、こちらの姫君の方が、どれだけ美しくていらっしゃるか、わからないと思う。
姫君は世間づきあいもなさらず、(北の方がさせないで押し込めているからであえる)そのため、世の人に、姫君の美貌は知られないのだけれど、でも、西の対や東の対の女房の中には、姫君の美しさを惜しがる者も多いのだ。
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