~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅸ』 ~ ~

 
== 『日 本 国 紀 (下)』 ==

著 者:百 田 尚 樹
発 行 所:幻 冬 舎 文 庫
 
 
 
 
 
エピローグ
令和二年(2020)、一月、中国から新型コロナウィルスが侵入して来ました。
中国の武漢市(人口約一千万の大都市)では前年からこのウィルスが流行しており、一月二十三日には武漢市が前面封鎖されるという異常事態がありながら、日本政府は中国からの渡航を制限する措置を一切行ないませんでした。驚いたことに、この時、いつもなら政府を激しく攻撃する野党もメディアもほとんど沈黙していました。また感染症の専門家たちもこのウィルスに対して警告を発しませんでした。中国からの入国をすぐさま止める叫んだ専門家や文化人は、SNSの世界でも数えるほどしかいませんでした。結局、中国の春節(中国の旧正月)の休暇で一月下旬に約七十万人の中国人観光客が入国し、二月から日本人の中にもコロナウィルスに罹った人が急増しました。日本人がむざむざと新型コロナウィルスの跋扈を許した理由は、精神医学の言葉を借りれば「正常性バイアス」(予期せぬ事態に対して、何でもないことだと思い込もうとする心理)という言葉で説明可能なのでしょうが、私は「平和ボケ」ではないかと思います。同じ島国の台湾は官民含めた徹底した水際対策で、新型コロナウィルスの入国をほぼ食い止めました。
こんお中国由来の新型コロナウィルスは世界中で猛威を振るい、数百万もの死者をだし、多くの国や都市で、市民の外出を禁ずるロックダウン(Lockdown)が行なわれました。日本でも四月から五月にかけて東京都を含むいくつかの都府県で「緊急事態宣言」が出され、その後、全都道府県に拡大、市民は不急の外出を自粛するように要請されました。多くの人が集まる劇場や映画館がクローズになったり、飲食店が時間短縮営業となったり、修学予行が取りやめになったりしました。多くの職場ではリモートによる会議や打ち合わせとなりました。七月に予定されていた東京オリンピック・パラリンピックも延期となりました。
幸いにも日本は欧米諸国に比べて感染者も死者も圧倒的に少ないものでしたが、その要因はいまだに不明ながら、おそらくは人種的な理由によるものではないかといわれています。つまり日本が欧米並みに状況にならなかったのは、きわめて運が良かったといえます。
感染者の数はいったん落ち着いたものの、政府や厚労省や医師会の対応はきわめて緩慢かつ危機意識に乏しいもので、その後も病床の確保や外国人の入国を厳しく制限することが出来ませんでした。そのため、同年夏にむざむざと第二波の到来を許す羽目となってしまいました。その結果、再び多くの都道府県で緊急事態宣言が出され、市民生活や経済活動に著しく支障をきたしことになりました。当然のことながら、日本経済は大きなダメージを蒙りました。」
またメディアはいたずらにコロナの恐怖を煽り、野党はコロナを政権批判の材料に使うだけで、両者とも、この国難に対して、政府と一体となって立ち向かおうとする姿勢はまったく見られませんでした。
その象徴が令和三年(2021)に行なわれた東京オリンピック・パラリンピックです。リベラルのメディアや野党は感染拡大の危険があるという理由で、開催直前まで中止を主張しましたが、本当のところは、中止になれば日本政府が対外的にダメージを追うことになるからだったと私は考えます。政府もまた感染を抑えるためという名目で無観客と決めましたが、これも本当のところは、開催中に感染者が増えると、メディアや野党に総攻撃されることを恐れての決定だったと私は考えています。
というのは、その時点で日本よりもはるかに感染者も死者も多いアメリカやヨーロッパではすでに何ヶ月も前からスタジアムに多くの観客を収容してスポーツイベントを行なっていたからです。また日本国内でも観客を入れて行なっているプロ野球やサッカーに」対しては、メディアも野党もまったく批判しませんでした。つまり日本において、コロナはきわめて政治的なものとなっているのです。
私は、コロナを完全にゼロにすることは出来ないと考えています。ならば、人類はコロナと共存するしかないのです。かつても今も多くの病原菌と共存してきたようにです。つまり政府の取るべき道は、いかにしてコロナと共存していくかという方法です。しかし今、政府がやろうとしていることは、経済活動や社会活動を犠牲にしてもコロナの脅威をゼロに近いものにしようというものです。これは社会を混乱させるだけで、何の解決にもなりません。
コロナ対応をめぐってのお粗末極まりない政府の対応は、国民に大きな政治不信を呼び起こしたといっても過言ではありません。私の目には、首相を初め内閣の閣僚たちは、黒船来航に右往左往した江戸幕府の幕閣たちのように映ります。
しかし幕末に多くの志士たちが輩出したように、この危機的な状況においてこそ、多くの日本人が目覚めるのではないかと私は思っています。今に限らず、長い日本の歴史には幾度となく危機が訪れていいます。しかしそのたびに国民が一つとなり、凄まじい力を発揮して国難を乗り越えて来ました。それこそが日本の力であり、源であると思います。
私はそれを信じています。
2026/03/14
Next