戦争のない世界は理想です。私たちはそれを目指していかなければなりません。しかし残念なことに、口で「平和」を唱えるだけでは戦争は止められません。世界と日本に必要なのは、戦争を起こさせない「力」(抑止力)です。
日本と対照的な国といえるのが、スイスです。世界で初めて「永世中立」を宣言(文化十二年 【1815】)し二百年も戦争をしていないスイスですが(ヨーロッパが火の海となった第一次世界大戦でも第二世界大戦でもスイスの国土はほとんど戦火を見舞われなかった)、強大な軍隊を持ち、男子は全員兵役義務があります。兵士の数は人口が約十六倍の日本の自衛隊に匹敵し、予備兵役を入れると、自衛隊の十倍以上の兵力となります。スイスは「永世中立」を宣言していますが、他国がスイスを侵略しないなどと考えていません。そのため常に侵略に備えているのです。これが「国防」というものです。
ちなみにヨーロッパは約五十の国家がありますが、軍隊を保持していない国はわずかに六ヶ国、そのうち五ヵ国はバチカン市国やモナコ公国などの都市国家です(比較的大きな国は、北大西洋にあるアイスランドである)。これが世界の常識です。
しかし日本では、自衛隊を国防軍にしようと首相が言った途端、メディアや文化人が「軍事国家になる」と言って、大反対キャンペーンを張ります。さらに中国や韓国も反対の声を上げます。両国とも軍隊を持っているにもかかわらずです。
日本は明治維新後、七十七年間に五度の大きな戦争をしました。それを考えれば、大東亜戦争を七十年以上にわたって一度も戦争をせず、平和を享受してきたことは驚くべきことです。その間、世界の多くの国や地域で悲惨な戦争や紛争が数え切れないほど起き、今も繰り広げられています。そう、日本がいつ戦争に巻き込まれても不思議ではなく、むしろこの七十年以上、戦争がなかったことが奇跡ともいえるのです。
ただ、これはアメリカの圧倒的な軍事力によって抑止されてきただけのことで、これから先も戦争に巻き込まれないという保証は全くありません。
平成二十八年(2016)、自民党の
安倍晋三
首相は「憲法改正を目指す」と公言しました。GHQから押し付けられた「日本国憲法」が施行されて六十九年、日本の首相として初めて「憲法改正を目指す」と公言したのです。前述したように、これは昭和三十年(1955)に自民党が誕生した時の党是でありました。自民党は憲法改正を目的として作られた政党でありながら、六十年もの間、それに目を瞑っていたのです。しかしその六十年の間に日本を取り巻く国際情勢は激変しました。
阿倍首相が改憲を目指すと言った直後から、野党。マスメディア、左翼系知識人、学者、文化人などの、阿倍首相への凄まじい報道攻撃および言論攻撃が始まりました。
もし憲法改正を許すようなことがあれば、七十年にわたって、日本の言論界を支配してきたマスコミと左翼系知識人・学者たちの楼閣が音を立てて崩れるからです。彼らはいわゆる「森本学園問題」「加計学園問題」で、阿倍首相が便宜を図ったとして大スキャンダルとして扱いましたが、これはメディアによる冤罪というもので、首相の関与はまったく証明出来ず、疑惑ともいえないものでした。しかし新聞やテレビは連日、大々的に報じました。その中にはデモを煽るものもありました。結局、二つの問題とも首相による関与はなかったことがほぼ判明すると、今度はメディアと野党は、長年にわたって行なわれてきた「桜を見る会」が問題だとして取り上げました。このため平成二十九年(2017)から約三年間、国会は空転し、憲法改正のための論議はまったく行なわれませんでした。メディアと野党の目的はまさにそこにありました。
覇権主義を剥き出しにし、尖閣列島への圧力を高める中国に対し、自国防衛の急務にかられる中、日本は三年間という貴重な時間を無駄にしたのです。
そんな暗い時代に、喜ばしいことがありました。
平成二十八年(2016)の夏に、天皇陛下(現在の上皇陛下)が譲位のご意思を表明、三年後の五月、皇太子殿下が即位されて、元号が「令和」と改まりました。これまで元号は漢籍(中国の古典)から取られるのが慣例となっていましたが、二十一世紀の御代がわりに選ばれた元号は『
万葉集
まんようしゅう
』から取られた言葉でした。
その年の十月二十二日、皇居において「即位礼正殿の儀」が執り行われました。これは天皇が自らの即位を国の内外に宣明する儀式であり、諸外国の「戴冠式」に当たるものです。この日、世界中から多くの国家元首や首脳が参列しましたが、この時、人々を驚嘆させる出来事が起こりました。それは朝から降り続いていた雨が「即位礼正殿の儀」が行なわれようとするまさにその時にぴたりと止み、皇居上空に垂れ込めていた暗い雲が裂け、晴れやかな青空が顔を覗かせたのです。そして東京に大きな美しい虹がかかったのです。新しい御代を祝福するかのような自然現象に、多くの日本人は天皇の持つ霊力のようなものを感じました。
当日、東京にいた私も、突然の青空と虹を目の当たりにして、不思議な感動に襲われました。実は私自身は超自然的な力というものを信じていません。しかしそんな私でも、この日の光景は忘れがたい記憶となって残っています。
さらにもうひとつ明るいことがあります。
平成の半ば頃から、国民の多くが日本国憲法の矛盾に気付き始めたことです。
その大きな要因の一つは平成二十年(2008)頃からインターネットが普及しだしたことにあります。それまで既存メディアを通してしか世に出なかった情報やオピニオンが、インターネットのSNS(ソーシヤルネットワーキングサービス)によって、誰もが自由に意見を発信し、誰もがそれを享受出来るようになったのでし。もちろんインターネットの情報は玉石混交です。真実もある一方、フェイクや悪意ある捏造もあります。しかし、これまで一面的な報道とオピニオンで統一されていた既存メディアとは明白に一千を画す存在となりました。
これにより、多くの国民は既存メディアの欺瞞と偏向に徐々に気付き始めました。
平成二十六年(2014)に、朝日新聞が「従軍慰安婦の強制連行」の捏造記事を三十二年ぶりに認めたのもインターネットの力が大きかったと私は見ています。近年、SNSによって暴かれた新聞やテレビのフェイクニュースは夥しい数に上っています。また既存メディアの恩寵を受けていた左翼系知識人や文化人らの「戦後利得者」らの欺瞞が明らかになって来ました。
こうしてGHQの洗脳から抜け出しつつある若い世代が増えています。彼らは失われた日本的なものの回復に向けて、静かに、しかし確実に動き出しています。もはやその動きを止めることは誰にも出来ないでしょう。私はそんな若者たちを見て胸熱くなる思いでいます。
「敗戦」と、「GHQの政策」と、「WGIP洗脳者と、「戦後利得者」たちによって、「日本人の精神」は、七十年にわたって踏み潰され、歪められ、刈り取られ、ほとんど絶滅状態に追い込まれたかのように見えましたが、決して死に絶えていなかったのです。二千年の歴史を誇る日本人のDNAは、私たちの中に脈々と生き続けていたのです。それが今、復活の時を迎えています ──。
五十年後、はたして日本はどのような国になっているでしょうか。
私はその姿を見ることは叶いませんが、世界に誇るべき素晴らしい国家となっていることを願いながら、筆を擱おきます。
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