~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅸ』 ~ ~

 
== 『日 本 国 紀 (下)』 ==

著 者:百 田 尚 樹
発 行 所:幻 冬 舎 文 庫
 
 
 
 
 
戦時徴用工強制労働の嘘
昭和四十年(1965)ころから、在日朝鮮人と在日韓国人が「自分たちは戦争中に強制連行されて来た」と主張し始めました。これもまた嘘です。
たしかに戦争中「戦時徴用」として朝鮮人労働者を国内の工場などに派遣した事実はありますが、戦時徴用は日本の中学生や女学生にも行なわれていました。しかも日本の学生に支払われた給料はわずかなものでしたが、朝鮮人労働者には正規の給料が支払われていました。
また徴用工が送られるのは、労働管理の整備された場所に限られていました。「外国人を徴用工として使うのはひどい」と言う人がいるが、当時、朝鮮人は法的には日本人・日本国民であったことを忘れてはなりません。また同じ頃、日本人男性は徴兵で戦場に送られていましたが、朝鮮人が徴兵されたのは昭和十九年(1944)になってからで、しかも訓練中に終戦を迎えたため、ほとんどが戦場には送られていません。戦時徴用も終戦前の七ヶ月だけでした。そして終戦後に彼らのほとんどは朝鮮へ帰国しています。
昭和三十四年(1959)に外務省が発表したデーターによりますと、当時、日本国内にいた在日朝鮮人・韓国人は約六十一万人、そのうち戦時徴用で国内にとどまっていた人はわずかに二百四十五人でいた(在日朝鮮人・韓国人全体の0.04パーセント)つまり99.96パーセントの在日朝鮮人・韓国人は「職を求めて」自由意思で日本にやって来た人たちだったのです。しかもその中の多くが朝鮮戦争の時に密航してやって来た人たちでした。
「在日朝鮮人・韓国人の多くは戦争中に強制連行された人、あるいはその子孫」という嘘は、最初は彼ら自身が言い始めたことでしたが、これを左翼系のマスメディアや学者らがあたかも歴史的事実であるかのようにして広めたのでした。そのため、現在でもこれを真実と思い込んでいる日本人が少なくありません。GHQの「WGIP」は、今も日本人の心と日本の言論空間をむしばんでいるいるのです。
反日テロ活動
朝日新聞が自虐的な捏造記事を書き始めたのと同じ時代、学生運動が過激化し、反日テロともいうべき活動が活発になりました。
そもそもは昭和四十三~四十四(1968~1969)、全国の大学で起こった学生たちの暴力闘争がきっかけでしたが、これは中華人民共和国の文化大革命で暴れた紅衛兵を真似た全共闘(全額共闘会議)とと呼ばれる大学生らの行動でした。この時の学生たちのスローガンは、中国の紅衛兵が掲げた「造反有理」(反攻する者は正しい)であり、学生たちの主張が書かれた立て看板のの字には、中国の簡体字が多く用いられていました。
全共闘の大学生らは皆、戦後にGHQの洗脳を受けたべビーブーム世代、いわゆる「団塊の世代」でした。この大学闘争は昭和四十五年(1970)にはいったん沈静化しますが、その後、全共闘から生まれた過激派グループが極左暴力集団となり、昭和四十年代半ばから、様々なテロ活動を行なうようになります。
過激派グループは、「大東亜戦争はアジア侵略であり、日本はアジアに対して償いをしなければならない」と主張し、「日帝の侵略に荷担した」とする大企業を狙って断続的に爆破事件を起こしたり(連続企業爆破事件)、日本航空機をハイジャックして北朝鮮に亡命したり(よど号ハイジャック事件)、山荘の管理人の妻を人質に取って立て籠ったり(あさま山荘事件)という凶悪事件を立て続けに起こしました。これらの大事件の他にも、極左暴力集団による個人を狙ったテロ事件や強盗、内ゲバ殺人が多発しました。彼らは共産主義革命を盲信しており、その目的のためなら、市民が犠牲になってもいいと考え、警察官や民間人にも多くの犠牲者を出しました。
そして、昭和四十年代の後半になると、極左暴力集団は海外に飛び出し、世界各地でテロ事件を起こすようになります。彼らはまさしく時代が生んだ鬼子だたっといえるでしょう。
2026/02/26
Next