~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅸ』 ~ ~

 
== 『日 本 国 紀 (下)』 ==

著 者:百 田 尚 樹
発 行 所:幻 冬 舎 文 庫
 
 
 
 
 
コラム-28
朝鮮人慰安婦に関しては、肯定派のジャーナリストや学者、文化人らが、「軍が強制した」という証拠を長年懸命に探し続けていますが、現在に至ってもまったく出て来ません。
なかには、「軍が証拠を湮滅した」と言う者もいますが、すべての証拠を完全に消し去ることなど不可能です。軍は一種の官僚機構です。仮に民間業者に命じたのなら、議事録、命令書、予算書、報告書、名簿、受領書、請求書、領収書など、夥しい書類が必要でしょう。軍は勝手に金を動かせませんから、双方の帳簿も大量に残っているはずです。
戦闘中以外はトラック一台動かすのにも、いちいち書類が必要だったのです。
当時、軍用機の搭乗員たちは、たとえ練習でも飛行記録を残す義務がありました。
もし軍が直接行動したら、慰安婦を強制連行するために動いた部隊、実働人員、収容した施設、食料などを記した書類も大量にあるはずですが、それらがすべて煙のように消えてしまうことなどありません。そんなことが可能なら、戦後に捕虜の処刑に関係したBC級戦犯が千人も処刑されるはずがありません。
二〇〇〇年から、アメリカ合衆国のクリントン、ブッシュ政権下において、八年の指月をかけて、ドイツと日本の戦争犯罪に関する大規模な調査が行なわれ、八百五十万ページに及ぶ未公開や秘密の公文書が調査されました。そのうち十四万二千ページが日本の戦争犯罪に関するものでしたが、日本政府や軍がいわゆる「従軍慰安婦」に関わる戦争犯罪を犯したことを示す文書は一点も発見されなかったという報告が、二〇〇七年にありました(「ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班【IWG】アメリカ合衆国議会あて最終報告」)
この報告は「慰安婦問題」に終止符を打つべきものと思えますが、令和の今日においてもなお、左翼系の政党やメディア、学者、弁護士らは日本政府と軍の「強制」を主張しています。
ここで読書の皆さんに知っておいてもらいたいことがあります。それは戦時慰安婦の大半が日本人女性だったということです。朝鮮人女性は二割ほどだったといわれています。当時は日本も朝鮮も貧しく、親兄弟の生活のために身を売らねばならなかった女性が少なくありませんでした。そうした女性たちが戦時に戦地の慰安所で慰安婦として働いた ──。これが事実のすべてです。
一方、「靖国神社参拝」については、政治家の参拝を非難する左翼系の学者や文化人の中に、「中国が抗議したのはA級戦犯を合祀したからだ」と言う人がいますが、これは稚拙で罪作りな嘘です。靖国神社が「A級戦犯」とされた人々を合祀したのは昭和五十三年(1978)十月でした。それから昭和六十年(1985)まで三人の首相(大平正芳おおひらまさよし鈴木善幸すずきぜんこう、中曽根康弘)がのべ二十二回参拝していますが、昭和六十年まで、中国は一度も抗議していません(A級戦犯合祀は翌年に朝日新聞によって報道されている)
また「天皇陛下でさえ。A級戦犯合祀以来、参拝されていない」という人もいますが、天皇陛下の靖国神社への行幸がなくなったのは、昭和五十一年(1976)からです。実はその前年(昭和五十年【1975】)三木武夫みきたけお首相の参拝について「私人としてのものか、公人としてのものか」とマスコミが大騒ぎしたことがありました。昭和天皇が終戦記念日に靖国神社を参拝しなくなった理由はわかりませんが、もしかしたら「自分が行けば、私人としては公人としてかという騒ぎが大きくなる」と案じたのかも知れません。
2026/02/25
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