昭和四十年代から五十年代にかけての日本は、高度経済成長を成し遂げ、国民生活が飛躍的に向上した時代でしたが、その繁栄の裏で、厄介な問題が頭をもたげていました。それは占領軍が去ってから沈静化していた「自虐思想」が再び強くなってきたことです。
占領時代に日本人はGHQによる「WGIP」の洗脳を受けましたが、独立と同時に起こった戦犯赦免運動でも明らかなように、戦前に教育を受けて来た国民の多くは、心の深いところにまで自虐思想が浸透しませんでした。
昭和三十五年(1960)の安保改定後の総選挙で自民党が圧勝したのも、有権者の全員が戦前生まれだったからです。昭和三十年代には、祝日になると町の至る所に「日の丸」が揚がり、儀式の際には普通に「君が代」が歌われていました。
ところが、昭和十年代の終わり(戦中)以降に生まれた人たちは、小学校に上ると同時に、自虐思想を植え付けられた人たちです。何も知らない白紙の状態の柔かい頭と心に特定の思想を注入された時の効果は絶大です。この戦中生まれと、その後に生まれた団塊の世代の多くが、今も自虐思想から脱け出せないのは、当然ともいえます。不幸なことに、この世代は戦前の日本のすべてを否定する日本人として育てられたのです。
GHQの「WGIP」洗脳第一世代ともいうべき戦中生まれの人々が社会に進出し始めた昭和四十年頃から、「自虐思想」が再び頭をもたげてくるようになります。
そして洗脳第二世代ともおうべき「団塊の世代」(昭和二十二~二十四生まれのひとたち)が社会に出始めた昭和四十年代半ばころから、それに拍車がかかっていきました。
「WGIP洗脳時代」は、「日の丸」「君が代」はもちろん、「天皇」「靖国神社」「戦犯」、さらには「愛国心」をも全否定するという、GHQの占領時代にもなかった極端な思想を自ら押し立てていきます。それらはすべて軍国主義につながるというのが、彼らの理屈でした。彼らはGHQが押し付けた日本国憲法を賛美し、憲法九条は「世界に誇るべき平和憲法」であると妄信しました。
この人々こそ、まさにGHQの落とし子であり、「WGIP」の信者であるといえます。彼らの自虐思想は、親の世代が生きた戦前の日本を否定するまでに膨張し、さらに「反日」という思想へと連なっていきます。
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