前述したように、占領軍が去った昭和三十年(1955)頃から、新聞は反米路線に舵を切ります。これは公職追放後にマスメディアおよび教育界や言論界に大量に入って来た共産主義者や社会主義者たちの影響でした。当時のマスメディアは露骨なまでにソ連や中華人民共和国を称賛し、ソ連や中国に「言論の自由がない」ことや、「人民の粛清がある」ことなどは一切報道されませんでした。
その典型が、北朝鮮「朝鮮民主主義臣民共和国」に対する異様な礼讃です。
現代では信じられないことですが、昭和三十年代には、朝日新聞をはじめとする左翼系メディアは口を揃えて、北朝鮮を「地上の楽園」と褒めそやしました。
在日朝鮮人の多くがその記事を信じて帰国し、その結果、祖国で塗炭の苦しみを味わうことになったのです(北抗戦は貧しいだけでなく言論どころか個人の生活さえ厳しく抑圧する独裁国家で、帰国者は差別と弾圧に遭った)。
さらにこの頃の多くのメディアは北朝鮮を礼讃する一方、北と対峙する韓国のことは、独裁による恐怖政治が行なわれている悪魔のような国と報道しました。
左翼論壇の拠点であった岩波書店は、『韓国からの通信』という、韓国の悪いところばかりを糾弾する本(一部に捏造もあった)を何年にもわたって出し続けベストセラーとなっていました。そのため「朝鮮戦争」も勧告から仕掛けたというのが、長い間、日本のメディアや言論界の定説となっていました(国連では北朝鮮が侵略したということになっていたにもかかわらず)。
これが覆ったのは、昭和六十年(1985)以降、ソ連の「グラスノチス」(情報公開)で機密情報が公になり、北朝鮮が一方的に侵略を開始した事実が明るみに出てからです。ソ連からの情報で、左翼学者やマスメディアも事実を受け入れざるを得なくなったのです。それ以前は、「朝鮮戦争は北朝鮮から仕掛けた」などと言おうものなら、学者生命を失いかねないような空気が日本を支配していました。
こうした戦後メディアの歩みを振り返ると、日本の報道は事実をもとになされてきたというにはほど遠く、いかに特定のイデオロギーで捻じ曲げられてきたものだったのかがわかります。 |