前述したように「日本国憲法」はGHQの恫喝によって押し付けられました。当時の日本政府には、これを拒否する力はありませんでした。
具体的に言えば、その日は昭和二十一年(1946)二月十三日です。この日の午前十時、外務大臣官邸を訪れたGHQ民政局のホイットニー准将らが外務大臣の吉田茂と国務大臣の松本烝治まつもとじょうじと終戦連絡事務局参与の白州次郎しらすじろうらに、「日本国憲法」と題された草案を渡し、「これはマッカーサーが日本の事情が必要としている諸原理を具現すべきものとしている」と言いました。そして「君たちが草案を読んでいる間、我々は退席する」と言って部屋を出ました。三人はGHQが憲法草案を作っていたことにも驚きましたが、その内容を読んで愕然とします。そこには「戦力の保持は認めない」「土地は国有とする」「議会は一院制にする」といった衝撃の内容が数々含まれていたからです(「土地の国有化」や「一院制」に関しては日本側の要望で削除されたが、それらはGHQも織り込み済みで、敢えていくつかしうした取引材料を入れたとされる)。
この時、白州次郎が庭に出ていたホイットニー准将をつかまえると、彼は白州に向かってこう言いました。
「原子力(アトミック・エナジー)の暖かさをエンジョイしていたよ」(We have been enjoying your atomic sunshine.)
太陽の熱をわざと原子力(atomic)と表現したのは、白州に原子力爆弾を連想させる意図に他なりません。さらにこの時間に合せて、東京上空に爆撃機B─25を飛ばせていたのです。これはあまりにもあからさまな恫喝です。白州は「血が逆流する思いであった」と述べています。
部屋に帰ったホイットニーは、吉田らに対して「この草案が受け入れられれば、天皇の地位は安泰になるだろう」と言いました。つまり言い換えれば、拒否すれば天皇の命も保証出来ないというものです。日本は草案を呑む以外に道はありませんでした。これは屈辱の歴史です。
ところがその憲法を私たちは七十年以上経った今も改正していませんが、実はこれは世界の中でもきわめて異常なことなのです。憲法は絶対不変なものではなく、時代に合わせて必要なものを付け加え、不要なものは削除するというのは世界の常識です。ちなみに第二次世界大戦後、令和二年(2020)の時点で、アメリカは六回、フランスは二十七回、イタリアは十六回、韓国は九回、憲法を改正しています。ソ連や中国といった共産主義国でさえ何度も改正しています。日本と同じく連合軍によって憲法を押し付けられたドイツは六十五回も改正しています。
しかし日本は押し付けられた憲法をまるで聖典のように扱い、一字一句変えることなく現代に至っているのです。もはや非占領国ではなく、連合国軍が統治する国ではないにもかかわらずです。その理由はまた後ほど語りましょう。
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