日本の政治の主導権を軍の「統制派」が握ったのと同じ頃、ヨーロッパでも全体主義の嵐が吹き荒れていました。ソ連の共産主義とドイツ、イタリアのファシズムです。
三つの国に共通するのは、国家全体を最優先し、個人の自由や意見は完全否定される点でした。そのためにこの三国では、国家による凄まじい粛清が行なわれました(粛清の規模はソ連が圧倒的に大きい)。またソ連にはスターリン、ドイツにはヒトラー、イタリアにはムッソリーニという独裁者が現れ、国家と国民を完全に支配しました。ちなみにファシズムという言葉は、ムッソリーニの政党ファシスタ党から広まったものです。
ここで注意しなければならないのは、暴力革命で政権を強奪したソ連のボルシェビキは別にしてヒトラーが率いる政党ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)も、ムッソリーニのファシスタ党も、選挙で多数を取っていたということです。両党とも国民の熱狂的な支持を得た集団であり、その意味では国民が選んだ党だったのです。戦後、ドイツ国民はすべてをナチス一派のせいにして、自分たち国民も犠牲者であるとの論理を展開しましたが、これは大いなる欺瞞です。
昭和十年(1935)、ヒトラーはヴェルサイユ条約を事実上破棄し、再軍備と徴兵制の復活を宣言し、これ以降、軍事大国への道を歩み出します。また反ユダヤを鮮明にし、ユダヤ民族の絶滅を計画しました。政策に反対する国民は裁判なしで収容所に送ったり、人知れず処刑したりしました。
ヨーロッパには、ドイツを中心に再び不穏な空気が漂い始めていました。 |
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