日露戦争の勝利によって、列強を含む世界の日本を見る目は完全に変わりました。
それはおおむね敬意と警戒心が混ざったものでしたが、列強が、日本をもはや侮れない国と見るようになった、そんな変化だったとみて間違いありません。
大正九年(1920)に生まれた世界初の国際平和機構である「国際連盟」において、日本は常任理事国の四カ国(イギリス、フランス、イタリア、日本)に名を連ねます。江戸幕府から明治政府となって、わずか五十二年で、世界を代表する列強の一つとなったのです。欧米が三百年かかった進歩をこの短期でやり遂げたことは、まさに信じ難い奇跡でした。
私たち日本人は自国のことゆえその凄さに気付いていないかも知れません。しかしこう想像してみてはどうでしょうか。今から百五十年前、アジアかアフリカのどこかに、二百五十年以上も西洋の科学文明から切りはなされていた国があり、その国が開国からわずか半世紀でヨーロッパの列強と肩を並べた ── こう想像すれば、いかに驚異的なことだったかがわかるのではないでしょうか。おそらく当時、欧米諸国をはじめとする世界の国々は、有り得ないものを見る思いで日本を眺めていたに違いありません。
しかし現実の世界には日本に驚き称賛するする国ばかりではありませんでした。その一つがアメリカです。アメリカと日本はポーツマス講和会議後に微妙な関係となっていましたが、1920年代にはアメリカははっきりと日本に敵意を抱くようになっていました。そのきっかけは満洲の利権争いです。
中国分割競争に出遅れたアメリカは、日本がロシアに勝利して以降、満洲への進出を企図しちぇいました。その一つがハリマン計画と呼ばれるものでした。ポーツマス講和会議の二ヶ月後、セオドア・ルーズベルト大統領の意向を受けて来日したアメリカの鉄道王エドワード・ハリマンと桂太郎首相が会談し、満州鉄道(満鉄)を日米で共同経営する覚書に同意します。ところがポーツマスから戻った小村寿太郎がこれに反対し、覚書は破棄されました。これは大失態であったと私は思います。なぜならハリマンは激怒し、娘婿を奉天領事として送り込み、以後、日本の利権を邪魔するようになったからです。またルーズベルト大統領は書簡に、「私は従来日本びいきだったが、ポーツマス会議以来、そうではなくなった」という内容の文章を残しています。
さらに明治四十二年(1909)、アメリカの国務長官フィンランダー・ノックスが「満洲の全鉄道を中立化して国際シンジケートで運営しよう」と提案します。「中立化というのは綺麗ごとの建前にすぎず、本音は「ロシアと日本だけでなく、アメリカにも分け前をよこせ」ということでした。当然ながら、日本とロシアは結束して反対し、またイギリスとフランスも同意しなかったため、もの提案は流れます。
これ以降、アメリカの中には、露骨に日本排斥の政策を唱える勢力「ウィーク・ジャパン派」(日本の弱体化を望むグループ)と、日本との連携を重視する勢力「ストロング・ジャパン派」(ロシアの脅威に対抗するためにも強い日本を望むグループ)が混在するようになりました。
以前からアメリカでは、中国や日本などからの移民の規制を行なっていましたが、第一次世界大戦以後、日本が太平洋を挟んで対峙する強国となってからは、安全保障の点から対日警戒論が強まってきます。大正二年(1913)にはカリフォルニア州でいわゆる「排日土地法」(正式名称はカリフォルニア州外国人土地法)を成立させ、日系移民の農地購入を禁止しました。この法律の条文には日系人を指す言葉はありませんが、当時は日系移民が増大していたことから実質的に日本人を対象にしたのは明らかでした(そのために「排日土地法」と呼ばれる)。大正九年(1920)にはアメリカ国籍を持つ日本人でさえ土地を収得出来ないようにし、さらに大正十三年(1924)には日本からの移民を全面的に受け入れ禁止としました。この法律はアジア人の移民を全面的に禁ずるものではありますたが、当時、アジアからの移民の大半が日本人だったので、実質的に日本を対象にしたものでした。
アメリカ政府は、この移民問題が悪化させることを憂慮してはいましたが、根強い人種偏見を背景にしたアメリカ国内での移民排斥運動は激化する一方となり、日本国内でも反米感情が沸き起こりました。その後も、日本とアメリカの溝は埋まらず、やがて大東亜戦争という悲劇につながっていきます。
私が日本の近代史を眺めて心からそう思う場面は、実はこのと時です。もし、日本がアメリカに満洲の権益を分け与えていたなら、その後のアメリカの対日政策は変わっていたでしょうし、中華民国の抗日運動を抗日運動をアメリカが支援することもなかったのではないでしょうか。そして何よりも、大東亜戦争回避できたのかも知れないと思うのです。その意味で、ハリマンと交した覚書を破棄した出来事は日本の大きな分水嶺であったと思います。 |
