~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅲ』 ~ ~
 
==平家物語の女性たち==
著:永井 路子
 
妃 た ち
 
2018/07/01
祇 園 女 御 (三)
ついで殿上人という言葉を解説しておきたい。俗に殿上人といえばお公家くげさん、それ以下は地下人じげびとというふうに考えられている。そして地下人というのは宮中の御殿にも上がれず、庭の上を歩き廻っている人だと思っているがこれは間違いだ。地下人というのは正しくは一般庶民ではなく官人であって、彼らはもちろん宮殿(役所の建物)の中には出入り出来る。ただし、今書いたように天皇の常の居所である清涼殿とか、あるいは上皇、東宮の居所には入れない。ここに入には許可が必要で、この許しを得た人が殿上人なのである。
だからお公家さんすべてが殿上人というわけにはゆかない。原則として五位以上の人の中から選ばれるが、天皇の側近で秘書役をつとめる蔵人ころうどは、六位でも仕事の性質上昇殿が許される。国文を読むためにはこのくらいのことを予備知識として知って頂くとよいと思う。
ところが、多少国文を読む人の中にも、殿上人についてまちがったイメージが広がっていた。殿上人の資格が原則として五位以上ということから、「昇殿を許された者の中で四、五位は殿上人、三位以上を公卿くぎょうというふうに決め込んでいるのである。
が、これも厳密にいえば正確ではない。たしかに三位以上は公卿と呼ばれるけれども、もっと正確にいうと四位でも参議さんぎは公卿である。昔の官職のことはなかなかむずかしいが、大臣だいじん、大納言なごん、中納言、参議が一応いまの閣僚クラスにあたる。これらの人は大体位は三位以上だが、三位以上なら全部この役についているかというとそうではない。役目のない三位以上の人もざらにいる。その人のこともやはり公卿と呼ぶ。だから公卿は位なら三位、役職なら参議以上の人と思えばいい。
ところが、この公卿が全部昇殿を許されているかというとそうではない。許されない場合は地下じげである。だから地下の公卿も現実にはいたわけである。だから、「公卿、殿上人」とついにして使うのは分け方が混乱しているのだ。一方は官職と位を基準にした言い方だし、一方は昇殿を基準にした分け方だからだ。
なお付け加えて言うと、地下人という言葉の意味は後に次第に変化した。はじめは先の言ったように昇殿を許されない官吏のことだったが、これが官位を全く持たない庶民のこと、すなわち、身分の賤しい者というふうになった
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