~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅲ』 ~ ~
 
==平家物語の女性たち==
著:永井 路子
 
新 妻 た ち
 
2018/07/22
大 納 言 典 侍(佐) (三)
さて、平家が朝廷の申入れを拒絶したため、重衡は鎌倉へ送られる。人質としての交換価値がなくなったので、頼朝に処分を任せたのだ。重衡が鎌倉へ行って、頼朝から思いのほかの厚遇を得た事、千手との出会いなどはすでに述べた。
頼朝もさすがにその場で斬ることをためらったようだったが、寺を焼かれた南都の僧侶たちが納得せず、奈良へ連れて行かれる。しかも、その間に妻の大納言典侍は、夫以上の苦しみを経験しなければならなかった。
周知のように、八島にいた平家は、源義経に追われて、八島からも逃げ出し、さらに壇の浦の合戦で全滅するが、彼女はこの恐ろしい戦いを二度とも身をもって経験するのである。それでも屋島の方は、いち早く船に乗って海上に逃れたからまだしもだったが、壇の浦では海戦の真只中に巻き込まれてしまう。たとえ婦女子であろうとなかろうと、源氏は容赦なく襲いかかってきた。この意味で、この海戦は、日本の女性が、かつて経験した最も恐ろしい戦いの一つだった。近世までの合戦は、どちらかといえば非戦闘員に対しては寛大で、その場を逃げ出していれば何とか命は助かったし、戦国時代でも、落城と決まると、妻子(女の子にかぎる)は城外に出されるのが普通だったが、この時は、女子共の船にも遠慮なく源氏の荒武者は飛び込んで来た。
半生をごく順調に過ごして来た大納言典侍は、夫とは切り離されたまま、平安朝四百年の間、貴族の女性がかつて経験しなかったような修羅の世界に投げ込まれてしまったのだ。
この時二位の尼、時子が凛然りんぜんとした態度で女たちを指揮し、みずからは安徳天皇を抱いて入水じゅすいした事は、改めて書く。建礼門院もこれに従ったが、源氏の兵に見つけられ引き揚げられた。
このどさくさの中で、大納言典侍は、なかなか落ち着いた働きぶりを示す、天皇のシンボルである内侍所(神鏡)を入れた唐櫃からびつをかかてて海に飛び込もうとしたのだ。自分の不幸を泣くよりはほかに何もしなったように見える彼女は、最後に及んで気を取り直し、天皇に次ぐ大切な物を、わが手によって処分しようという悲壮な覚悟をしたのである。
唐櫃を脇にかかえた彼女は、船べりに立った。
「今こそ!」
何のためらいもなく、海底に飛び込もうとした時、
「ひゅつ」
鋭い矢うなりが耳もとをかすめた。
あっ!
思わずのぞけった時、矢は体をかすめて彼女の袴のすそを、びしっと船ばたに射とめてしまったのだ。
「あれっ」
動こうにも動けない。
── 早く、逃げねば・・・・
恐怖と混乱の中で彼女はもがきにもがく。そこへまた船が大揺れに揺れて、思わず、ぐらりとよろめいたところに、関東武者が船に飛び移って来た。
「逃げるな女房!」
羽がいじめで抱きすくめられ、
「ああっ!」
悲鳴をあげたとき、内侍所は、すでに男に手に奪い去られていた。
こうして彼女は男どもに捕らえられてしまう。夫の重衡と同様、平家の中で、いちばん無残な境遇におかれるのである。
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