〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part X-U』 〜 〜
== 『般 若 心 経』==

2017/07/29 (土) 

くう ちゅう   しき   じゅ そう ぎょう しき   げん ぜつ しん
しき しょう こう そく ほう   げん かい  ない しき かい
(書き下し)このゆえ に空中には、しき なく、受想行識なく、眼耳鼻舌身意なく、
色声香味触法なく、眼界なく、ないし意識界もなし
(現代語訳)したがってくう のなかにおいては事物も、感覚も、感覚器官も、外界も、それを見たり感じたりすることも、存在してはいないのだ。
われわれ人間の五感や心の働きや、それらがとらえた世界もまた、実在ではない。
主観を離れ、いわば絶対的な視野に立って物事をとらえることを説く。

空中とは、宇宙のことです。この宇宙には、しきじゅ そう ぎょう しき もなく、げん ぜつ しん もなく、しき しょう こう そくほう もないというのは、主観の否定です。そもそも、私というものの存在自体が、確固たるものではないのですから、私の眼も耳も口もあったものではありません。当然それが感じるところの視覚、聴覚、味覚などもはなはだ 脆弱ぜいじゃく なものとなってきます。
前にも述べましたが、色は肉体を含めた物質全般をいいます。以下、受は感受作用、想は心に想い描く作用、行は他に対する意思や働きかける作用、識は対象を識別する働きで、これらをまとめて 五蘊ごうん といいます。続く眼耳鼻舌身意は、 六根ろっこん と総称されます。これは文字通り目や耳などの身体器官のことで、最後の意は、心を指します。次の色声香味触法は、 六境ろっきょう と総称されます。これは、前の六根によって知覚される対象を指します。つまり、色は眼で感知する色や形、声は耳で感知する音、香は鼻でかぐ匂い、味は舌で感じる味、触は体で感じ、触れられるもの、法は心で感じるものです。
また、眼界とは、われわれの目に映る世界、意識界とは意識に映る世界のことです。これがないということは、さらに踏み込んで、われわれの心的作用をも否定されているというべきでしょう

自己と世界の関係
六根===感覚・知覚能力 (眼耳鼻舌身意)
六境===六根がとらえる下界の対象 (色・声・香・味・触・法)
自 己 の 内 面  外 界
(知覚する能力)⇒⇒(知覚されるもの)
(見る能力)⇒⇒(見えるもの)
(聞く能力)⇒⇒

(聞こえるもの)

(匂いを嗅ぐ能力)⇒⇒(香り)
(味わう力)⇒⇒(味わい)
(触れる能力)⇒⇒(触れるもの)
『実践 般若心経入門』 著:羽田 守快 ヨリ
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