〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part X-T』 〜 〜
== モ ー ツ ァ ル ト==
(著:ひ の ま ど か)

2017/05/19 (金) 

少年オペラ作曲家 (四)
その翌々日、レオポルトはルジャーティ邸でミラノからの手紙を受け取った。
差出人フィルミアン伯爵の名前を見たレオポルトは、反射的に十字を切った。
── これがあれだろうか! これがあれでありますように!
震える手で封を切ったレオポルトは、そこに、待ちに待った文面を見た。
『オーストリア皇太后マリア・テレージア陛下は、本年十月ミラノで行われるフェルディナント大公殿下と、モデナ大公女マリーア・リッチャルダ様の御礼の儀のための、祝典用のオペラの作曲を、ヴォルフガンゴ・アマーデオ・モーツァルト氏に依頼された。正式な書状は、後日陛下からザルツブルク宛てに送られるが、このことをあらかじめに貴殿にお知らせ出来るのを、私の最上の喜びとする』
フィルミアン伯爵の強い推薦を、皇太后はためらわず受け入れられたに違いなかった。
伯爵がたびたび期待していてもいいとほのめかし、レオポルトもほとんど確信していた女帝からの依頼だったが、実際に受け取ってみると、その喜びは天にも昇るものがあった。
「この依頼が正式にザルツブルクに届いたならば、上を下への大騒ぎになるでしょう。なにしろこれほどの栄誉ある仕事がザルツブルクの人間に与えられるのは、初めてのことなのです。そしてヴォルフガング、これはお前にも不朽の名誉をもたらすことになるのだ」
ルジャーティと息子に手紙の内容を知らせるレオポルトは、威厳に満ち、落ち着き払っていたが、内心は躍り上がって叫んでいた。
── 一年も経たぬうちに、」いや半年も待たずして再びイタリアへ来られるのだ! ばんざい! このイタリア旅行は大成功だった! 数々の栄誉に輝き、息子の将来はこの地で確約され、未来はバラ色に輝いている! 私の計画は夢ではない! いや、夢の終わらせてはならない! われわれはそこに向かって、もう二歩も三歩も近づいたではないか!

父と息子は一年四か月に及ぶイタリア旅行を終えて、三月二十八日にザルツブルクに帰り着いた。
そして四か月半の間この地に留まった。
しかし体はあっても、心はそこになかった。親子は毎日イタリアのことを話し、イタリアに憧れ、イタリアの思い出にひたった。
黄金拍車勲章、ボローニャ楽友協会の会員証、マルティーニ神父の証明書、ヴェローナ音楽協会楽長の名誉称号などイタリア旅行の成果は、大司教の目通りをすませてから、ゲトライド通りのモーツァルト家に並べられて、友人や知人たちへの土産話の種になった。
無給ではあったが、大司教宮廷第三コンサート・マスターの称号をもつヴォルフガングは、この間に宮廷や教会のための音楽を書いたが、その楽譜には誇りを持って、
「騎士アマデーオ・ヴォルフガンゴ・モーツァルト」
とサインしていた。
『モーツァルト』 著:ひのまどか ヨリ
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