栄光と賞賛の日々
(八) | フィレンツエにはもう一人の
「神童」 が滞在していた。 ナルディーについて学ぶためにイギリスから来ていた少年ヴァイオリニストの、トーマス・リンリだった。 ある貴婦人の館で顔を合わせた神童たちは、はじめのうち、ちょっと警戒しあっていたが、すぐに打ち解けてお互いの生活を披露しあった。 「パパはザルツブルクの宮廷楽長でヴァイオリニストなんだ。ぼくは六歳の時からいろんな国を回っているんだ」 「ぼくのお父さんは作曲家なんだ。ぼくも八歳の時からあちこち回っているよ」 「君、友達いる?」 「いない、君は?」 「いるわけないだろう、いつも旅しているんだもの」 「君とぼくは何から何までそっくり同じだね。だからこんなに気持がぴったり合うんだ!」 「ななんて幸せなんだろう!
今日からぼくたちは大の親友どうしだ!」 二人は同い年で、背丈も同じくらいならば、雰囲気もよく似ていた。 翌日にはリンリはもうヴァイオリンを持って、親子が泊まっている宿
「デラクィラ」 を訪れて来て、二人でヴァイオリンの合奏をしたり、クラヴィアとヴァイオリンの共演をしたり、歌ったり踊ったりで大喜びだった。 このコンビは一緒に招かれた邸宅でも片時も離れず、一晩中交代に演奏してはその合間に抱き合い、死ぬまでの友情を誓い合っていた。 「おまえたちはまるで恋人同士のようだな。一時も離れてはいられないのだろう」 今回レオポルトは、息子の付き合いに反対しなかった。リンリのような相手とならば、ヴォルフガングの価値が下がることはない。事実、神童たちは一緒にいることで、その存在をひときわ華やかなものにしていた。 数日後モーツァルト親子がフィレンツェを発つときには、神童たちの間で涙の別れが交わされた。 「アマデーオ、また必ずどこかで会おうね!」 「トンマーゾ、ぼくはきっとイギリスに行くよ。そしたら君の家で朝から晩まで音楽をしようね」 二人はイタリア風の名前で呼び合い、幾度も幾度も抱き合って再会を誓った。それでもまだ離れ難く、リンリは市の門まで親子の馬車について来て、最後の最後まで別れを惜しんでいた。 |
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