〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part X-T』 〜 〜
== モ ー ツ ァ ル ト==
(著:ひ の ま ど か)

2017/05/02 (火) 

栄光と賞賛の日々 (六)
次の訪問地ボローニャへのフィルミアン伯爵の推薦状は、土地の最有力者バラヴィッチーニ伯爵に宛てて書かれていた。
七十三歳の老伯爵は、親子のボローニャでの滞在が四日間と聞くと、翌日にはもう自分の邸宅に選び抜いた貴族百五十人を集めて、ヴォルフガングのための会を開いてくれた。
その中にはボローニャはおろか全イタリアで、 「音楽の神さま」 「イタリア人の偶像」 とあが められている。マルティーニ神父の姿があった。
「神父さまは、ふつうはこうした集まりにはお出にならないのです。今夜ご出席されているのは、噂の天才によほど関心をお持ちだからでしょう」
ここでもヴォルフガングは、たっぷり試された。
マルティーニ神父はアリア、器楽曲、対位法 (さだめられた規則にしたがって動くふたつ以上のメロディー) 、フーガ (ひとつのメロディーがくり返され、重ねられてゆく形式の曲) などあらゆる課題でヴォルフガングを試した後、心底仰天して叫んだ。
「信じられない! 奇跡だ! 幼くしてこれほどの進歩をとげているとは、この子は神からつかわされたとしか思えない!」
ヴォルフガングの上にまた一つ、無形の勲章が輝いた。
レオポルトはこの重要な出会いを逃さなかった。
「愚息をイタリアに連れて参りました一番大きな目的は、 『音楽の神』 とたたえられる神父さまのもとで、作曲の勉強を完成させることでありました。帰路ボローニャを訪れます時には充分な時間を取る予定にしております。そのおりに神父様のご指導を仰げましたならば、愚息にとっては、この上ない名誉となりましょう」
「ああ、いいですとも、いいですとも」
神父は自愛を込めて少年を見つめながら、快く応じた。
「この子と知り合えたのは、私にとってもはかり知れない喜びです。再会の時を楽しみに待ちましょう」
親子はボローニャでも推薦状を増やした。
パラヴィッチーニ伯爵が、
「ローマではこれがお役に立つでしょう」
と渡してくれた手紙は、伯爵のいとこで、ローマ教皇の書記を勤めるバラヴイッチーニ枢機卿すうききょう に宛てたものだった。
『モーツァルト』 著:ひのまどか ヨリ
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