栄光と賞賛の日々
(五) | 二日後、ミラノ出発の前夜に、親子はカスティリオーネ伯爵から食事の招待を受けた。 その席で伯爵は少年にオペラを注文した。 「これはドゥカーレ劇場が君の贈るミラノ・デビューの場です。次のクリスマスの第一オペラを君に書いていただきたい。フィルミアン伯爵殿は君の才能を万人に証明してみせてから、私にこの事を提案されたが、伯爵の強い推薦がなくても、私は一昨日のすばらしいアリアを聞けば、君との契約に踏み切ったでしょう。正式な契約は明日、ご出立前にフィルミアン邸で交わす形になりますが、その前に、当方で用意している条件を申し上げますと、作曲料は百ジリアート。ミラノ滞在中の宿は劇場が用意するというものです。お受けいただけますかな?」 「もちろん喜んで!
ぼくオペラが書きたかったんだ。本当に書きたかったんだ! 伯爵さま、ありがとう!」 喜ぶヴォルフガングの横で、レオポルトも快哉
を叫んでいた。 ── やったぞ! ついにやった! この子はこの地で 「見せ物」 としての神童から脱出出来たばかりか、一人前の作曲家として認められたのだ。百ジリアートといえば、約五百グルデン。作曲料も申し分ないではないか。これほど早く当初の目的が達成できたのは、一にも二にもフィルミアン伯爵さまのおかげだ。さすがにすぐれた政治力をお持ちだ。これからも力になっていただけるよう、忠誠を尽くさなくては。 イタリアでは金持ちになれない。どこでも出費がかさむばかりで、収入はほとんどない。ミラノでオペラの注文が取れなかったら、ローマやナポリでなんとかしなくてはならない。毎日やきもきしていたレオポルトは、金銭の上でもこのイタリア旅行が成功しそうなのを見て、ようやく安心した。 さらに、伯爵からたびたびほのめかされている、最高の栄誉をともなう仕事も目先にちらついている。何はともあれ、伯爵の指示には忠実に従うことだ。 翌日フィルミアン伯爵に別れの挨拶にあがった親子は、ドゥカーレ劇場との正式な契約を交わした後、伯爵邸での演奏謝礼として二十ジリアート入りの金のタバコ入れをもらった。 伯爵はさらに、親子がこれから訪れるイタリア諸都市への、自筆の推薦状もくれた。そこには、 『この少年は自然が稀にしか産み出さない、音楽の天才の一人です。まだ年端もゆかないのに、彼はこの芸術の巨匠たちと肩を並べるどころか、私の信じるところ、創意と、機敏さと、生気において、はるかに勝っているのです。この少年が貴地における滞在中、閣下のご庇護ひご
をお与え下さらんことを熱望するものです。云々うんぬん
』 という、伯爵の心から出たヴォルフガングへの信頼の言葉が記されてあった。 「閣下の深いお恵みに、どれほど感謝いたしておりますことか・・・・・」 レオポルトは感激で喉をつまらせた。 「あなたがたが今回ミラノで成すべき事は、すべて成し終えました。秋にここに戻られるときには、またつぎの進展があるでしょう。元気で南の土地を回ってきてください」 いまや親子の守護神とみいうべき伯爵は、初対面の時から終始変わらないおだやかな笑顔で、親子を送り出してくれた。 |
|
|