ブレンナー峠を越えて
(一) | 十二月十三日の早朝、駅馬車でザルツブルグを発
った親子は、町の中央を流れるザルツッハ川に沿って、チロル街道を南西に進んだ。 外は深々と寒く、ザンクト・ヨハンまでの山間部では驚くほどの大雪に見舞われたが、大型駅馬車の六人がけの車内は、部屋の中にいるのと同じぐらい暖かく、クッションも快適だった。 「パパ、ぼくうれしくてうれしくて、体中溶けちゃいそう!」 ヴォルフガングは有頂天なって景色を見たり、馬車の揺れに体をはずませたり、父親に抱きついたりした。 相客はロヴェレートから来てロヴェレートへ帰るという商人夫婦と、トレントの粉屋の主人と、ボローニャまで行く修道士の四人だった。 「この駅馬車はずいぶん飛ばしますな」 「五頭立てだけのことはありますよ。馬も先ほど替えたばかりですし」 「しかしいい御者でよかった。道が悪いのでたいそう疲れると聞いていたのですが、このぶんなら上等です」 「馬をあやつるののうまいし、なかなか愛想のいい人物ですな」 「ところで、おたくはどちらまで?」 「トレントです。おたくは?」 「ロヴェレートまで」 馬車は宿場から宿場へとひたすら走りつづけ、昼食のときと夜眠るときだけ、宿に泊まった。その時も相客たちは同じテーブルで食べ、同じ部屋に寝るので、旅の間は臨時の家族のような状態に置かれる。 「わたしどもは今回この駅馬車を使ってよかったと思っています。自家用馬車にするかどうかだいぶ迷ったのですが、こちらの方が時間も正確ですし、費用も安いし、第一体が楽です」 レオポルトは控え目ながらも誇らし気に、自分たちの立場を説明した。 「わたしはザルツブルックの宮廷楽長
── と、彼は旅の間はいつも 『副』 の字をとって自己紹介していた ── レオポルト・モーツァルトです。これは息子のヴォルフガング、十三歳です」 「もしやとそうではないかと思っていましたが、やはりそうでしたか!
そのお名前ならよく存じ上げておりますとも! ではこの御子おこ
が、あの有名なモーツァアルト氏で!」 一同は感嘆の眼差しで、バラ色のほおの愛らしい少年を見つめた。 |
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