〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-]』 〜 〜
== Fryderyk Franciszgk Chopin ==
(著:小阪 裕子)

2017/03/11 (土) 

別れの手紙 (一)

ショパンが予想したとおりだった。
結婚して一ヶ月もたたぬうちに、2万400フランもの借金を抱えたクレザンジェはサンドがいるノアンに財産を狙ってやって来た。ソランジュが静観するなか、クレザンジェはサンドに脅しをかけた。モーリスがたまらずに銃を持ち出して乱闘騒ぎとなり、やがてあきらめた二人は出て行った。 
夏になってもショパンはノアンに行かずにパリで、相変わらず貴族たちにレッスンをしていた。
そんなショパンのところに七月半ばにノアンを追い出されたソランジュから手紙が来た。この手紙が、サンドろショパンの別れを決定的にした。
ノアンの乱闘事件のことを、ショパンはもちろん知っていた。ソランジュに結婚を許したことをショパンはサンドの責任だと思っていたのだろう。サンドの見極めが悪くて娘の道を誤らせたのに、自分の非などまったく反省することなく、ソランジュとクレザンジェ批判を、ド・ロジエールに臆面もなく書いているサンドの行動の意味もわからなかった。
ショパンの気持に拍車をかけたのは、ソランジュから来た手紙の内容だった。具合が悪いので、パリまで駅馬車の旅は出来ないと思うので、ノアンにあるショパンの馬車を使わせてはくれないかという内容だった。さらにサンドがどれほど、自分たちにひどい仕打ちをしたかということも切々と訴えていた。
ショパンはもちろんソランジュに深く同情して、その望みを聞き入れた。
サンドは娘と娘婿を決して許すつもりはなかった。だからドルレアンにいるショパンに、二人が来ても入れないようにと書いてきた。しかし、ショパンにそのつもりはなかった。援助を求めるソランジュになんとしてもショパンは手を差し伸べたかった。だからサンドに向かって、自分はクレザンジェとサンドの争いには関心がない、しかし、ソランジュのこととなると話はまったく別で無関心でなどいられない。あなたもソランジュの言葉に耳を傾けてあげるべきではないか、そうしたくないとはひどいではないか、今あなたの娘さんは母の心遣いを必要としているのです、とサンドを非難した手紙を出した。
ちょうどそのころ、サンドは友人のド・ロジェールにショパンからずっと手紙がない、ノアンに来るはずなのに、病気になってしまって出かけられないのだろうかと心配していると手紙を書いていた。サンドはソランジュとクレザンジェの騒動がなければ、五月の末にはパリに行き、そしてまたショパンと共にノアンに帰る予定だった。しかし、ノアンでの顛末があるので、パリに行けば裏切ったソランジュにもクレザンジェにも会うことになる。だからド・ロジェールに、ノアンに来ないショパンはどうしているのでしょう、とたずねる手紙を書いたのだ。サンドはショパンがソランジェの嘘を信じきって行動しているのではと勘ぐっていたが、そうだとしても、ショパンが病気でなければいいのだと、五月にひどい発作を起こしたショパンの健康を案じていた。
そこへショパンからの手紙が来たのだ。ソランジュに同情し、娘のことを心配してやるのは母として当然ではないかと、諌める言葉ばかりが並んでいた。
自分に守られていたはずのショパンが自分を非難する、そのことへの失望がサンドに別れを決めさせた。

『ショパン』 著:小阪 裕子 ヨリ
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