2017/03/13 (月) | 別れの手紙
(二) | 七月二十八日、サンドはショパンに最後の手紙を送った。ショパンの健康を心配して馬車で出発しようとしていたところに、手紙が来たが、ソランジュのことなど心配には及ばない、自分が病気であると吹聴するような人間なのだから、母を憎み中傷する娘の言いなりになりたいのならどうぞご自由に、好きなように面倒を見ればいいとある。ショパンが自分を理解することなく、ソランジュ側についたことに自分は驚き、それはショパンの豹変にも思えるが、しかし、そうすることの方がいいのなら、ショパンあなたを非難するのはやめましょうとある。憤懣やるかたのない様子のこの手紙の内容は、やがて別れの言葉へと続いていく。 「さようなら、わが友よ。病気から早く回復されますように。そうなるはずだと思っています
(そう言える理由が私にはあるのですから) 。神にこの奇妙な別れを感謝しましょう。九年間、どこにもないほどの友情で結ばれていたというのに。どうか時には、あなたのことをお知らせ下さい。そのほかの人について、お知らせいただく必要はありません」 サンドの娘に対する怒りはドラクロワも驚きを隠せなかった。しかし、サンドは裏切りが許せなったのだろう。ソランジュは反抗的だったとはいえ、これほどの裏切りをしたのは初めてだった。さらに自分を犠牲にしてまで献身的に看護してきたつもりにショパンが、背信に娘の側から自分を非難してきた。サンドはポリーヌ・ヴィアルドに、愛情をこれほどかけたのに、その人と別れることほど辛いものはないと書いた。二人は別れた後も、それぞれの消息をポリーヌに尋ねるのだった。 ショパンがサンドに許しを乞う手紙を書けばよかったのかも知れない。しかしショパンは、自分の考えや行動がどうしてそれほどサンドを怒らせたのかが分からなかったのだろう。ショパンの心はとてもデリケートだったが、二人で暮らしていたころ、サンドに出された手紙が語っているように、その表現はあくまでも礼儀正しく、距離を置いたものでしかなかった。そんなショパンだから、一人心の中に絡み合った思いをしまいこんで、自らの深い思いをサンドに素直に伝えることなど出来なかったのだろう。 姉ルドヴィカに宛てた手紙には、別れの経緯を語ろうにも自分の気持の整理はまだついていないために、結局どう表現したらいいか分からないと書いている。サンドとの出来事にいまだに戸惑ったままだとショパンは言いたげだ。べつに喧嘩したとか何か特別なことがあったわけではないのだが、とも書く。別れの原因が、自分がソランジュの味方をしたからだが、しかし、どうしてそのことがサンドをあんなに怒らせてしまったのだろうか、そのことが分からないといった様子だった。 |
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| 『ショパン』 著:小阪
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