〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-]』 〜 〜
== Fryderyk Franciszgk Chopin ==
(著:小阪 裕子)

2017/02/16 (木) 

最高の指導者ショパン (一)

一日に数時間をレッスンにあて、一人四十五分から数時間、ショパンはほんとうに作興の先生だったと多くの生徒たちが語っている。ショパンは生徒たちに練習し過ぎないようにいつも言っていた。練習時間を長くし過ぎないで、気分転換を間にはさむようにとも言った。よい本を手にすること、彫刻、絵画などすばらしい芸術作品を鑑賞すること、散歩もいいでしょう、一日に練習は三時間で十分、指の練習、練習曲、レパートリーとなる曲のすべてで三時間でいいのですよと生徒たちに言っていた。
いっぽう、リストは生徒に指の練習だけで三時間と言っていた。しかし、ショパンは生徒のとって必要なのは集中力と想像力で、いちばん大切なのは 「聴くこと、耳を傾けること」 で、それが筋肉の真の動きとリラックスを生むと考えていた。
「やわらかく、やわらかく、からだ全体をやわらかく」 弾くようにと生徒に何度も繰り返した。
リラックスして演奏することがいかに大切かを言われた生徒の中に、ドイツから来たエミリエ・フォン・グレッチェがいた。エミリエは二年間で三十三回レッスンを受け、ショパンからその才能を評価された生徒の一人だった。とくにベートーヴェンの演奏はショパンから高く評価された。 「ショパンは生徒をいかにリラックスさせるかに心をくだいていました。彼は話しかけ、演奏している生徒の考えに耳を傾けました」 と語るエミリエは、ショパンからこのよに言われたという。 「あなたの感じているものを、表現できるとは思えません。最高の音楽に耳を傾けているつもりになってごらんなさい。聴きたいと思うように演奏してごらんなさい。今演奏している自分の音楽をお聴きなさい。自分を信じて演奏なさい。でも聴かれていることを忘れないで、いつも自分の音楽に耳を傾けるように。おどおどしないように。自分を信じて演奏していないと、表現したいと思っているものとは違うのではと、私は感じることになります。自分がこういう音楽にしたいという理想にしたがい、あなたの心で聴かなければなりません。あなたが伝えていること、それがいいのです」
エミリエは、ショパンから練習曲をいかに効果的に使うかを教えられたと言う。カルロ・ミクーリ (1819〜1897) も、ショパンは新しいピアノ・メトードを作りだしたという。練習曲に託された技法の習得は、それだけではひじょうに難しいものだ。しかし、ショパンの手にかかると、それが音楽としての最高のものとなり、練習する人たちにピアニストの気分を味わわせることになった。この練習曲以前はこれほどの技術を手にするのはあまりにも難しくて、それを自己流に実行しようとしたら、指を痛めてしまうかもしれない危険まであった。
エミリエにショパンは次のようにも言ったという。 「もっと美しい音色を簡単に得るには調性との関係で、手の位置、指の位置が大切です。長い音、短い音、限りない敏捷さを手にするにはどうしたらいいかを学ばねばなりません。形のよい手が美しい音色を作りだすのです」
「適切な指で」 「それぞれの指が均等な力をつける」。 しかし指は形が違う。指のタッチを大切にする。指の力はそれぞれの形によって決まる。そして 「柔軟であること」 が大切なのですといつも念をおしていた。

『ショパン』 著:小阪 裕子 ヨリ
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