夏の末、紫の上が小康を得た隙を見て、久々に源氏は六条の院の女三の宮を見舞う。乳母から懐妊だと告げられ、長年どの女君にもそうしたことがなかったのにと、源氏は不思議に思い、思い違いではないかと、むしろ信じられない。 すぐにも帰れないので二、三日泊まっている間も源氏は紫の上の容体が心配で、紫の上に手紙ばかり書いている。 柏木は源氏が六条の院に滞在しているのにやきもきして、嫉妬の逆恨みをめんめんと書いた手紙を、小侍従に届ける。 小侍従からその柏木の手紙を無理に見せられていた所へ、源氏が来たので、女三の宮はあわてて茵
の下へ手紙を押し込んで隠す。 その日、紫の上のところに帰るつもりだった源氏は、いつになく可憐な引き留め方をする女三の宮がいじらしくなって、つい、また一晩泊ってしまう。 翌朝、早く二条の院へ帰ろうとした源氏は、見失った扇を探して、茵の下に隠されたままになっていた柏木の手紙を発見する。 源氏はあまりにあからさまなその手紙の文章によって、すべてを識し
ってしまった。 それを読んでいる源氏を見て、小侍従が仰天する。まさかあの手紙ではないだろうと思うけれど、紙の色などそっくりなのでどきどきする。 源氏が黙って去って行った後、まだのんびり眠っている女三の宮を起して、小侍従は問いただす。やはりあの手紙だったとわかってしまう。小侍従にずけずけ不用意さをなじられても女三の宮はただ泣くばかりであった。 源氏は持ち帰った手紙を繰り返し返し読み、相手が柏木であることも、はっきり認める。また不審に感じた妊娠も、不義の結果のあらわれで、子は柏木の胤たね
だと判明する。 自尊心を傷つけられ、源氏は二人の裏切りに対し、どうしようもない憤りを感じるが、ふと、昔、自分と藤壺の不義を、父桐壺帝は、実はすべてを知っていて、しらないふりをしてくれていたのではないかと思い当たり、慙愧ざんき
の念に耐えられなくなる。 どうしても気持が鬱屈して、表情の晴れない源氏の様子を見て、紫の上は、自分の看病のため放置されている女三の宮を、不憫に思って源氏が悩んでいるのだろうと思い、自分はもう大丈夫だから、病気の女三の宮の方へ行ってあげてくれと言う。 源氏はそんなやさしい気配りの出来る紫の上にますます愛着と尊敬を感じ、女三の宮の他愛なさをいっそううとましく思う。 柏木は小侍従から、事の露見したことを聞き、あまりのことに驚愕する。あれほどれきっとした証拠の手紙を源氏に握られては、言い逃れも出来ないと、恐ろしさに身の凍る思いがする。 日頃格別目をかけてもらっていた恩義を思えば、どうしてあんな大それたことが出来たかと思い、懊悩がつのり、宮中へも上れない。これで自分の一生もお終いだと思う。 源氏はあれ以来、女三の宮のため、御祈祷などかえってこれまで以上に懇ろにして、表面大切そうに扱っているが、二人きりになると、ひどく冷たくなり、ろくに話もしない。 女三の宮はそんな源氏の意地の悪い態度も、自分の過失のせいだと思うだけに、どう対応していいのかわからず、ただおろおろと辛く思うばかりでひとり苦しんでいる。 三人三様が苦しみを抱えて途方にくれるばかりであった。 その頃、朧月夜の君が突然出家した。事前に何の相談も受けなかった源氏は驚いたが、法衣や調度類など、尼僧の生活にふさわしいものを調達して贈った。 「毎日の勤行に自分のことも祈ってくれ」 という源氏の手紙に、朧月夜は、 「どうせみんなのために祈るついでに祈ってあげましょう」 と、全く冷たい返事をする。長い二人の因縁浅からぬ関係も、ここに終止符をうつことになった。 延びに延びた朱雀印の五十の賀宴は、十二月の十余日と決められた。 その試楽の夜、源氏は柏木も参加するように無理に誘う。 柏木は重く病み患っていると辞退するが、父大臣のすすめもあり、たっての誘いに負けて出席する。 源氏は久々で見る柏木の憔悴しょうすい
の仕方に内心驚くが、表面さり気なくやさしく装って応対する。 源氏がやさしく声をかければかけるほど柏木は居たたまれなくなる。 その夜、宴席で柏木は源氏から厭味な皮肉を言われ、名ざしでからまれ、盃を無理強じ
いされる。 源氏の一睨みの目の意地悪さと冷たさに、柏木はすっかり怖気おじけ
づき、悪酔いしてそそくさと引き上げる。 その夜から病気は重態になり枕も上らなくなった。 心配した両親の邸に引き取られて養生することになり、落葉の宮とは辛い別れをする。 大臣の邸に帰っても柏木の病状は重くなるばかりで、蜜柑みかん
さえ口に出来ない。人々に敬愛されていた柏木の重態を惜しみ、見舞いが引きもきらない。親友の夕霧は病床近く見舞ってはおろおろしている。 こうして朱雀院の賀宴は、柏木欠席のまま、その年の暮れも押し迫った十二月二十五日にようやく催された。 「若菜」
下はこうした陰鬱な空気の中で幕を下す。 |