この巻は
「若菜」 上、下が収められている。 「若菜」 の帖は、多くの学者、研究家、作家たちから五十四帖の中で最も面白いと評価され、絶賛さらてきた。 折口信夫
氏も、
「源氏は若菜から読めばいい」 とまで云われている。 上、下合わせて、一冊の本になる分量だけでも、紫式部がこの帖に力を注いだ情熱が感じられる。筆つきにも作者自身の筆の弾み、心の弾みが感じられる。 小説というものは、あらかじめ構成を立てて書きはじめても、作中人物がある時から命を持ちはじめることがある。すると、作者の思い通りには動かなくなり、勝手に行動を始めたり喋ったりする。 そうなると作者の筆は、作中人物の意のままに走るしかない。小説の実作者なら、おそらくそうした経験を持っていることだろう。その時、その作品は、作者の意図以上のものになっていることが多い。 源氏物語を書き進むうち、紫式部は様々な人物を想像し、それぞれにユニークな性格を与えて来たが、
「若菜」 の帖に至って、作中人物が真に生命を得て、活き活きと動きだしたのではないだろうか。 「若菜」 の面白さは、この帖に至って源氏がはじめて心底から人生の苦悩を味わうことにある。 前帖
「藤裏葉ふじのうらば
」 までが第一部と呼ばれ、源氏の生涯の最盛期までの話が語られてきた。それまでの源氏は、美しく華やかで、きらびやかでさえあった。 若き日の源氏は、これと思う女のすべてを手に入れることが出来た。臣籍に下ったとはいえ、あくまで皇子である源氏は、官界での栄達も他を圧して、ほしいままであった。須磨すま
流謫るたく
の悲運さえ、政界に返り咲くための、むしろ強靭なばねのような役目を果たす。 六条の院のハレムを築き、准太上天皇に登りつめ、栄華の極みに達した時、はじめて玉鬘たまかずら
を髭黒ひげくろ
の右大将に奪われるという、珍しい失恋を味わうが、世間には自分の落胆を感づかせず、あくまで玉鬘の養父の面目を保ち、盛大な結婚式をしてやるだけの余裕を誇示していた。 「若菜」
以後は源氏の中年の物語に入り、死を暗示した題名だけの 「雲隠くもがくれ
」 までを第二部とする。その発端が 「若菜」 で、ここから、基調や、思想、文体などが変わると古来言われてきた。 |