〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-\』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻六) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2017/01/26 (木) 

若 菜 ・下 (四十一)
これまでは、何か事ある毎に、柏木の衛門の督をわざわざお呼び出しになり、趣向を凝らす必要のあるような催しには、かならず、相談相手になさっいぇいらっしゃったのに、今回は、全くそうしたお声もおかけになりません。それでは人が怪しむだろうと源氏の院もお考えになるのですが、会えばきっと、ますます自分の阿呆あほう らしさが相手の目に映るだろうと気おくれがするし、自分としてもとても平気な気持ではいられまいと、思い直して、そのまま幾月も衛門の督が参上しないのもお咎めになりません。
世間の人々は、衛門の督の体がまだ普通でなく、ずっと病気中のことだし、六条の院でも音楽のお遊びなどない年だからとばかり思っていました。
夕霧の大将だけは、何かわけがありそうだ、あの色好みな衛門の督は、きっと自分が気づいた女三の宮への恋情を抑えかねたのではないかと、思い当たりましたけれど、まさかこれほどはっきり何もかも源氏の院に露見してしまっているとは、思いも及ばなかったのでした。

十二月になってしまいました。朱雀院の御賀は十日過ぎと決めて、色々の稽古などで、六条の院ではお邸も揺れんばかりの大騒ぎをしています。二条の院の紫の上は、まだ六条の院にはお帰りにはなりませんけれど、この御賀の予行演習の試楽があるのにお心が惹かれて落ち着いてもいられず、お移りになりました。明石の女御もお里の六条の院においでになります。今度御誕生になられた御子も、また男御子でした。次々たいそう可愛らしい御子がお生まれになりますので、源氏の院は明けても暮れても、御子たちのお相手をなさり遊んでおあげになっては、長生きの甲斐があったと、喜んでいらっしゃいます。
試楽には髭黒の右大臣の北の方、玉蔓の君も御出席になりました。夕霧の大将は、花散里の君の御殿で、試楽に先立って内々で調楽のように明け暮れ練習をしていらっしゃいましたので、花散里の君は試楽は見物なさいません。
柏木の衛門の督を、こうした大切な御催しの時にも参加させないのが、いかにも会が引き立たず、もの足りなく思われるだろうし、人がおかしいと不審に思うに違いないので、源氏の院から参上なさるようにとお召しがありました。衛門の督は病気が重いということを口実にしてお伺いしません。けれども実は、どこが悪くて苦しいという病気でもなさそうなのに、やはり何か悩んでいるからだろうかと、可哀そうにお思いになって、わざわざお手紙をおやりになります。父の大臣も、
「どうして御辞退されたのか。源氏の院も、何かすねているようにお取りになるだろうに。大して重病でもないのなら、無理をしてでも参上したほうがいい」
とおすすめになっていたところに、こんなに重ねてのお手紙がまいりましたので、衛門の督は辛さを忍びながら参上したのでした。
六条の院についたのは、まだ上達部かんだちめ なども集まってこない時分でした。今まで通り、お側近い御簾みす の内へお入れになって、源氏の院はおろされた母屋もや の御簾の奥から御対面になります。
衛門の督を御覧になると、ひどく痩せに痩せて青ざめています。いつも誇らしげに陽気で華やかに振舞うという点では、弟君たちに気圧けお されてはいるものの、たしなみ深そうに落ち着きかえっている態度は、際立っていて、今日はまたとりわけ物静かに控えている姿は、いかにも皇女たちの夫として比べて見ても、少しも不都合ではないと思われます。ただ今度の密通の件については、二人のどちらも全く無分別だったのが、どうしても許せないのだ、などとお思いになって、衛門の督の顔を見つめられますが、言葉はさりげなくたいそうやさしく、
「何ということもなくて、たいそう長く会いませんでしたね。この幾月かは、いろいろ病人の看病で、心にゆとりがなかったのですが、朱雀院の御賀のためこちらにおいでの女三の宮が御法事をしてさしあげることになっていたのに、次々、支障が重なって起き、何も出来ないうちに、こうして年の瀬も押迫ってしまいました。思うように充分なことも出来ませんが、ほんの型通りの精進料理をさしあげようと思っています。御賀などと言えば、仰山ぎょうさん に聞こえますが、この家に生まれた子供たちも多くなりましたので、朱雀院に御覧いただこうと思い、その子供たちに舞の稽古などさせはじめました。せめてそれだけでも無事にやりとげたいと思うのですが、拍子をうまく合わせるように指導していただくには、あなたをおいて誰があろうかと、思案をめぐらせたあげく、ここ幾月も訪ねて下さらなかった恨みも捨ててしまってお呼びしたのですよ」
とおっしゃるお顔付きは、何のこだわりもなさそうに見えます。
源氏物語 (巻六) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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