源氏の院はつとめてさりげなくしていらっしゃいますけれど、何か鬱々
とお悩みの御顔つきがありありと見えますので、紫の上は、自分の命がようやく取り留められた「のを不憫ふびん
にお思いになって六条の院から早々とお帰りになり、そういう御自分のせいで、女三の宮のことを、内心お可哀そうに思って悩んでいらっしゃるのだろうかとお察しになり、 「わたしはもう気分がすっかり快よ
くなりましたけれど、あちらの宮さまが御病気だと伺いましたのに、こんなに早々とお帰りになったのでは、お気の毒なことですわね」 と申し上げます。源氏の院は、 「そうそう、いつもと違って御加減がお悪そうだったけれど、格別たいしたこともなさそうだったので、まあ一応安心して帰って来ました。帝からは度々御見舞いの御使者があって、今日もお手紙があったとか。朱雀院がとりわけ女三の宮を大切になさるよう帝にお頼み申し上げていらっしゃるので、帝もこれほどお心づかいなさるのだろう。少しでも女三の宮を疎略にお扱い申したりすれば、帝や院がどうお思いなさるか、それが気にかかって」 と、嘆息なさいます。 「帝の御意向よりも、宮さま御自身が冷淡だとお恨みになることのほうが、
お可哀そうでしょう。宮さまはお気になさらなくても、何かと悪しざまにつげ口する女房たちが、かならずいることでしょうから、わたしもとても辛うございます」 などおしゃって、 「なるほど、わたしが誰よりも愛しているあなたには、うるさい親戚がないかわり、あなた自身が何かにつけて気のつく人ですね。あれやこれやと、まわりの女房たちの思惑にまで気を廻して、女三の宮のことを思いやっていられるのが、わたしはただ、国王の御機嫌を損じないかとばかり気にしているようでは、宮への愛情が浅いと言われても当然ですね」 と、ほほ笑え
んで言い紛らしておしまいになります。女三の宮のところにお越になる件については、 「そのうちあなたと一緒に六条の院に帰ってから。まあここでゆっくりしていよう」 とだけおっしゃいます。紫の上は、 「わたしはこちらで一人のんびりしていましょう。お先にあちらへお帰りになって、宮さまの御機嫌もよくおなりになった頃に帰りましょう」 などと、話し合っていらっしゃるうちに、何日か過ぎてしまいました。 女三の宮は、こうして源氏の院のお越しにならない日々が過ぎていくのも、これまでは源氏の院の冷淡なお心のせいふぁとばかり思っていらっしゃいましたが、今では、御自分の過ちのせいもあって、こんなことになったのだとお考えになります。朱雀院がこうしたことをお聞き及びになれば何と思し召すことやらと、世間も狭くなったような思いでいらっしゃいます。 あの柏木の衛門の督も、ひどくせつなそうに、思いのたけを絶えず書き送ってきますけれど、小侍従も面倒なことになってと恐れて心を痛めます。 「こんなことがありました」 と、源氏の院に手紙を読まれた一件を衛門の督に報しら
せましたので、衛門の督はあまりのことと驚いて、 「いったい、いつの間に、そんなことが起こったのだろう」 こういうことは長くつづいていれば、自然に気配だけでも他に漏れて感づかれることもあるかも知れないと思っただけでも、たならなく身のすくむ思いがします。そうでなくても、空に目があって何もかも見すかされているように恐ろしかったのに、ましてあれほど疑いようもない手紙の証拠を御覧になった上は、恥ずかしくて恐れ多くて、居たたまれない思いがします。夏の日の朝夕も涼しくない季節なのに、身も冷え凍る気持がして、言いようもなく悲しく思われます。 「この長い年月、何かの公の用向きにも遊び事にもお側近く召され、親しくお伺いするのが習わしになっていて、誰よりもこまやかにお目をかけて下さった源氏の院のお気持が、いつも心からありがたく身に沁みていた。それなのに、あきれた不届き者として、憎まれてしまっては、どうしてこれからお顔を合わすことが出来ようか。そうはいっても、急にご無沙汰してしまってちらりともあちらへ参上しなくなってしまうのも、人が不審に思うだろうし、源氏の院のお心にも、やはりそうだったのかと、お思いあたりになるだろう。それがたまらなく辛い」 など、不安にさいなまれているうちに、気分もひどく悪くなって、宮中へも参上しません。それほど重罪に当たるというのでもないとしても、これでもう自分の一生は破滅してしまった、という気がするので、やはりこんな結果になると考えないでもなかったのにと、一方では自分でこんなことえおした自分の心が、ひどく恨めしく思われます。 「そういえば、あのお方はもともとしっとりと奥ゆかしい御様子は、はじめからお見えにならなかった。第一、あの御簾の隙間から自分に見られておしまになったのからしいぇ、あってはならないことなのだ。あの時一緒にいた夕霧の大将も軽々しい御態度と感じていられたようだったが」 などと、今になって思い合わされるのでした。強いて女三の宮への恋の思いをさまそうと思って、無理にも欠点を探したいのでしょうか。 「どれほど高貴のお方といっても、あまり極端におっとりとして上品一方なのは、世間のことにもうとく、またお仕えする女房たちに用心もなさらないので、こうしてお気の毒な御自分のためにも、相手にとっても、一大事になることを引き起こしてしまわれるのだ」 と、やり女三の宮がおいたわしくて、あきらめる気持にはなてません。 |