廂
の間の隅に屏風びょうぶ をひきひろげて、妻戸つまど
を押し開けてみると、渡り廊下の南の戸が、昨夜入ってきたままに、開いているのです。まだ外は夜明けの薄暗い時刻なのでしょう。ほのかにでも女三の宮のお顔を拝見したいという下心がありますので、柏木の衛門の督は、格子をそっと引き上げて、 「こうまで真実残酷な冷たいお心に、わたしの正気もなくなってしまいました。少しでもわたしの気持ちを落ち着けてやろうと思し召すなら、可哀そうにとだけでもおっしゃって下さい」 と、おどすように申しますのをお聞きなって、女三の宮は、何という呆あき
れたことを言うお人かとお思いになって、何かおっしゃろうとなさっても、お体がわなわな震えるばかりで、いかにも幼げな御様子なのでした。 その間にも、空は見る見る明るくなってゆくので、柏木の衛門の督は気がせいて、 「何かいわくのありそうな気になる夢のお話でも申し上げたかったのですが、こんなわたしをお憎みになりますのでは取り付く島もなくて。でもいずれ思い当たられることもおありでしょう」 と言って、気もそぞろに立ち去って行く夜明け前のほの暗い空の景色は、淋しい秋の空にもまして悲しみをそそるのでした。 |
おきてゆく
空も知られぬ 明けぐれに いづくの露の かかる袖なり (起きて別れて行く その行方さえわからない 夜明けの薄暗がりに しとどに濡れたわたしの袖は
どこの露がかかったものか) |
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と、袖を引き出して悲しそうに訴えられるので、男はもう出て行ってしまったのだと、女三の宮は少しほっとなさって、 |
明けぐれの
空に憂き身は 消えななむ 夢なりけりと 見てもやむべく (この夜明けの暗い空に 情けなく辛い私の身は かき消えてしまいたい
あのおぞましい出来事は すべて夢だったとすまされるように) |
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と、はかなさそうにおっしゃるお声の、若々しく美しいのを、聞きも終わらず帰ってきた衛門の督の魂は、古歌にもあるように、この身を離れて女三の宮の袖の下に留まっているような気がしました。 柏木の衛門の督は、そこから女二の宮のお邸にはいらっしゃらず、父大臣のお邸にこっそり起こしになりました。 寝床で横になってみたものの、眠ることも出来ず、あの猫の夢が、世間で言うように、確かに妊娠の印として、本当にその通りになって、女三の宮が御妊娠遊ばすようなことは、とうてい有り得ないものをととまで考えると、夢の中の猫の様子が、たいそう恋しく思い出されるのでした。 「それにしても、何という大それた過ちを犯してしまったものだ。これでもう、堂々と世の中に生きていくことも出来なくなってしまった」 と、恐ろしいやら、恥ずかしいやらで、身もすくむ思いがして、それからは出歩きもなさらないのでした。 女三の宮のおんためには今更言うまでもなく、我ながら、不届き至極な大変なことをしでかしてしまったと思ううちにも、何とも言えず恐ろしくてならないので、自由に人の中へ出歩くことも出来ません。 「帝の御寵愛ちょうあい
のお后と間違って過ちを犯し、それが発覚した場合にも、これほど苦しみを味わうのなら、いっそそのために死ぬようなことになっても、辛く思わないだろう。自分の場合は、それほどの大罪には当たらないにしても、あの源氏の院に、睨まれ嫌われるようなことになれば、とても恐ろしくて面目なくてたまらないだろう」 とお考えになります。 この上なく高貴な御身分の女の方でも、少しは色恋の情もわかっていて、うわべはたしなみ深く、おっとりと無邪気なように見えても、本性はそうでもないような女こそ、何かにつけ。様々な男に誘惑され、情を交わしてしまうという例もあるものです。けれども女三の宮は、思慮深いお方ではないとしても、ただもう一途に臆病な御性分なので、今にも、、この秘密に、人が気づいてしまうかのように、後ろめたくおどおどなさって、明るい所へにじり出ていらっしゃくことさえなさらず、何という情けない身の上になったものかと、おひとりで思い知られたようでした。 |