〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-\』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻六) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2017/01/08 (日) 

若 菜 ・下 (十七)

催馬楽さいばら の 「葛城かずらき 」 を合奏なさるのがはなやかで楽しく盛り上がります。源氏の院が繰り返し、
「おおしとど、としとんど、おおしとんど、としとんど」
とお謡いになるお声は、たとえようもなく魅力的ですばらしいものでした。
月が次第に空高くさし上るにつれて、花の色香もひときわひきたてられて、いかにも奥ゆかしい春の夜なのでした。
筝のお琴を弾かれる明石の女御の御爪音は、たいそう可憐でやさしく、母君のおん手筋も加わって、絃を押えて揺する の音色が深く、たいそう澄んで聞こえましたが、交替なさった紫の上のお手づかいは、また趣が変わって、ゆるやかで味わいがあり、聞く人々は感に堪えず、気もそぞろになるほど、はなやかな魅力があります。静かな弾き方と早い弾き方をまぜたりん の手なども、すべていかにも一段と才気あふれた音色なのです。
曲がりょ からりつ に移る時、どの楽器も調子が変わって、律の合奏になった小曲の数々も、やさしく今風にしゃれています。きん は五つの調べがあり、たくさんの奏法がある中にも、必ず注意してお弾きなるべき五六のばち も、たいそう結構に音色を澄ましてお弾きになります。少しも危な気がなく、非常によう澄み渡って聞こえます。春秋どの季節の曲にも通う調子で、あれからこれへと自由に変化させながら調和するようにお弾きになります。その心配りは、御自分がかねて教えてあげたとおりに、じつに正しく会得していらっしゃるのを、たいそう可愛く、面目がほどこされたと、源氏の院は満足にお思いになります。
またあの笛吹きのお子たちが、じつに可愛らしく吹き立てて、一生懸命なのを、たいそういとしくお思いになられて、
「さぞ眠くなっただろうに、今夜の遊びは、あまり長くはしないで、ほんの短い時間で切り上げるつもりだったのに、途中でやめるには惜しいほど楽の音がすばらしい上、どの音色も優劣がつけにくく、鈍な耳で迷っているうち、つい夜もすっかり更けてしまった。思いやりのないことをしてしまったね」
とおっしゃって、しょう の笛を吹いた若者に盃をおさしになり、御自分のお召物を脱いでお授けになります。横笛の若者には、紫の上から、織物の細長と袴など、大袈裟にならない程度に、ほんの形ばかりにして下さいます。
夕霧の大将には、女三の宮から、お盃を出され、宮御自身の御装束一式をお授けになります。それを御覧になった源氏の院が、
「これは」おかしいな。師匠のわたしにこそまず何はさておき御褒美を頂きたいものですな。後廻しとは情けないことですよ」
とおっしゃいますと、女三の宮のいらっしゃる御几帳の端から、御笛を一管さしあげられます。源氏の院はお笑いになりながらそれをお取り上げになりました。実に立派な高麗笛こまぶえ でした。少し吹き鳴らされると、皆立ち上がって退出されるところだったのに、夕霧の大将が立ち止まられて、御子息のお持ちになっていた横笛を取って、すばらしくおもしろく吹き立てられるのが、何ともいえず美しく聞こえました。どなたもどなたも、皆、源氏の院がお手ずから伝授しておあげになりましたのが、それぞれに揃いも揃ってこの上なく上手になられましたので、御自分の音楽の才能が世にも稀なものだと、つくづくお感じになるのでした。

源氏物語 (巻六) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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