若 菜
・下 (十二) | 正月二十日頃になりますと、空もうららかに、風も暖かく吹き、お庭先の梅も花盛りになってきます。そのほかの花の木々も、みな蕾
がほんのりとほころびはじめて、霞かす
みわたっているのでした。 「来月になると、御賀の準備も近づいて何かと騒がしくなり、落ち着かないでしょうし、そんな頃に合奏なさると、お琴の音も、御賀のための試楽しがく
のように人に取り沙汰されるでしょうから、静かな今のうちにしておしまいなさい」 と、おっしゃって、紫の上を、女三の宮のお住まいの寝殿にお迎えになりました。女房たちも拝聴したがって、われもわれもとお供したがるのですが、音楽にうとい者たちはお残しになって、すこし年輩でも、音楽のたしなみのある者ばかりを選んでお供をおさせになります。/rb>めのわらわ
は、器量のよい子だけを四人、赤色の上着に、/rb>さくらがざね
の汗衫かざみ 、薄紫色の織物の/rb>あこめ
、紅くれない の艶出つやだ
しをした浮き模様のある表袴うえのはかま
をつけさせ、姿や立ち居振舞いもすぐれている者ばかりをお連れになりました。 明石の女御のあたりでも、お部屋の飾りつけなど、正月らしくいちだんと改まった、明るく晴れやかな中で、女房たちがそれぞれ我こそはとお洒落をこらした衣裳を着ているのが、この上なくはなやかで目がさめるようです。女童めのわらわ
に、青色の上着に蘇芳襲すおうがさね
の汗衫、唐綾織からあやおり の表袴、衵は山吹色の唐の綺き
という織物を、同じようにお揃いで着せています。 明石の君のところの女童は、大げさでなく、紅梅襲の上着二人、桜襲のが二人、四人とも青磁色の汗衫かざみ
で、衵あこめ は濃紫や、薄紫で、単衣ひとえ
は打ち目の艶つや などの何ともすばらしいものを着せています。 女三の宮の御あたりでも、こうした方々がお集まりになるとお聞きになって、女童の身なりだけは、格別念入りにおさせになりました。緑がかった青色の上衣に、柳襲の汗衫、葡萄染えびぞめ
の衵など、取り立てて珍しく趣向を凝らしたというほどではないものの、全体の感じが、気高く荘重なことは、ほかに比べようもありません。
廂ひさし
の間の中仕切りの襖ふすま を取り外して、女君たちは、それぞれ御几帳きちょう
だけを隔てにして、中央の間に源氏の院の御座所を御用意します。今日の拍子合わせには子供を呼ぼうということになりました。髭黒の右大臣の御三男で、玉鬘の君との間におできになったお子たちの中では、長男にあたるお子に笙しょう
の笛を、左大将になられた夕霧の御長男には横笛を吹かせることにして、簀子すのこ
に控えさせていらっしゃいます。 内部なか
の廂の間には、敷物を敷き並べて、女君たちには、お琴などの楽器をそれぞれにお渡しになります。源氏の院の御秘蔵の御楽器類が、見事な紺地の袋に一つ一つ入れてあるのを取り出して、明石に君には琵琶びわ
、紫の上には和琴わごん 、明石の女御には筝そう
のお琴こと をさしあげます。女三の宮には、こうした由緒ある重々しい名器は、まだお弾きになれないのではと危ぶまれて、いつもお稽古に使われている琴きん
を調律してからお渡しになります。 「筝のお琴は、絃が弛むというのではないが、やはりこうして他の楽器と合奏するときの調子によっては、琴柱ことじ
の位置がずれるものです。あらかじめその点を細心に注意して、調子を整えないといけないのだけれど、女では絃をしっかり張れないでしょう。やはり夕霧の大将を呼んだ方がいいyぷですな。この笛吹きさんたちは、まだあんまり小さくて、拍子を整えるのにはどうも頼りないとyだね」 とお笑いになって、 「大将、こちらへ」 とお呼びになりまと、女君たちはきまり悪がって、緊張していらっしゃいます。 明石の君を除いては、どのお方もみな御自分の捨て難い大事なお弟子なので、源氏の院はそれぞれに御注意をされて、夕霧の大将に聞かれてもみっともないようにとお気遣いになります。 明石の女御はいつも帝がお聞き遊ばす時も、ほかの楽器と合奏して弾きなれていらっしゃるので安心なのですが、紫の上の和琴は、調子にこれといった変化がつけられない上に、弾き方も決まった型がないので、かえって女には手に負えないのです。春の弦楽器の音色は、みな揃って合奏するものですから、和琴の調子が乱れるようなことになってはと、源氏の院は何となく気がかりになられます。 夕霧の大将はひどく緊張して固くなっています。帝の御前でのものものしい正式の試楽の時よりも、今日の気の張り方は格段に大変だとお思いなので、すっきりした御直衣のうし
に、香のしみた御衣装を重ね、袖には殊更深く香をたきしめて、念入りにおしゃれをしてお出かけになりましたので、すっかり日も暮れてしまいました。 |
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