〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-\』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻六) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/12/26 (月) 

若 菜 ・下 (九)
御出家遊ばされた朱雀院は、仏道の御修行に御専念なさいまして、宮中の政治のことなどは、一切お耳にお入れになりません。ただ春秋に、帝が朱雀院にお会いになるため行幸なさいました時には、御出家前のことをお思い出しになることもありました。
女三の宮のお身の上ばかりは、まだお心にかけていらっしゃって、源氏の院をやはり表向きの御後見役とお考えになっていらしゃいますが、内々に帝からの御配慮もしていただけるよう、帝に御依頼になります。
女三の宮を二品にほん の位にお進めになりましたので、御封みふ などもそれにつれて多くなりました。女三の宮の御威勢はこうしてますますはなやかに盛大になり勝ります。

紫の上は、こうした歳月が経つにつれて、何かにつけて他の方々の御威信が増大していく中に、
「自分はただ源氏の院お一人の御寵愛だけにすがって、今までは人にひけをとることはなくきたものの、あまり年を取りすぎてしまったら、御寵愛もしまいには衰えていくだろう。そんなみじめな目にあわない前に、いっそ自分から出家してしまいたいもの」
と、前々から思い続けていらっしゃいますが、どんなことを口に出しては、小賢こざか しいように源氏の院がお思いなさるかと遠慮されて、そう、はっきりともお願いになれません。
帝まで女三の宮について、特別に御配慮遊ばしていらっしゃいますのに、女三の宮を疎略に扱っているような噂が、帝のお耳に入っては申し訳ないと源氏に院も思われて、女三の宮へお通いになる夜が、この頃しだいに紫の上と過ごされる夜と当分になっていきます。それも当然の成り行きで、無理もないこととは思いながらも、紫の上は、やはり思っていた通りだったと、お心にひどくこたえていらっしゃいます。それでもうわべは素知らぬふりを装って、これまでと同じようにさりげなく過ごしていらっしゃるのでした。
東宮のすぐ下の御妹の女一の宮を、紫の上は御自分のところにお引き取りになって、大切に御養育なさることにしました。またそのお世話にかまけることで、源氏の院の夜離よが れになるわびしい夜々も、お気を紛らしていらっしゃいます。紫の上は、この東宮の御兄弟の、明石の女御のお子を、どの宮も可愛らしいくいとしくお思いなのでした。

夏の御殿の花散里はなちるさと の君は、紫の上がこんなふうにたくさんのお孫たちのお世話をなさるのが羨ましくて、夕霧の大将が惟光これみつ の娘のとう典侍ないしのすけ との間におつくりになった三の君を、ぜひにとお引き取りになって、大切に育てていらっしゃいます。この三の君は、たいそう可愛らしくて、性質も、年のわりには利発で、ませておいでになりますので、源氏の院も可愛くお思いでいらっしゃいます。お子様が少ないことを嘆いておいででしたが、末広がりに、あちらこちらにお孫がほんとうに多くなられましたのを、今ではただ、そのお孫たちを可愛がりお遊び相手をなさることで、所在なさも紛らしておいでなのでした。
源氏物語 (巻六) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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