〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-\』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻六) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/12/17 (土) 

若 菜 ・下 (四)
螢兵部卿の宮は、お亡くなりになった前の北の方を、月日が経てば経つほど恋しくお思いになられて、亡き北の方に似た人と再婚なさりたいとお考えでしたのに、真木柱の姫君は不器量というのではないけれど、亡きお方とは全く感じが違っていらっしゃると思われて、残念だったのでしょうか、お通いになる様子が、いかにも気が進まないようです。それを御覧になって祖父の宮は、何というひどい態度かとお気に入らず嘆いていらっしゃいます。母君も、あれほど気の変なお方ですけれど、正気の戻られる時は、やはり口惜しくて、つくづく情けない結婚だったと、すっかり見限っていらっしゃいます。
髭黒の大将も、
「だから、言わないことじゃない。ひどく浮気っぽい宮だから」
と最初から御自分としてはお許しにならなかった御縁組みだったせいか、不快に感じていらっしゃいます。
玉鬘の君も、こうしたいかにも頼りにならない螢兵部卿の宮の御仕打ちを、身近なものとしてお聞きになりましては、もし自分があの時、この宮と結婚してこんな目に遭っていたとしたら、源氏の院や太政大臣が、どんなお気持で御覧になるだろうと、何となくおかしくも、またなつかしくも、あの頃を思い出されるのでした。
「あの頃だって、螢兵部卿の宮と結婚しようとは思いもよらなかった。ただ、いかにもお優しくて、情のこもったお言葉をいつもかけて下さっていたのに、こうして大将と結婚してしまったのを、宮はさぞ張り合いにない、薄情な女のように軽蔑なさったことだろう」
と、これまでずっとしのことをそのことを、たまらなく恥ずかしく思っていられたので、今、こういう御縁になって、もしかして真木柱の姫君が宮と自分のいきさつを聞かれたらと、気がかりに思っていらっしゃいます。
継母としての立場からも玉鬘の君は、真木柱の姫君のお世話を出来るだけしておあげになります。
また、螢兵部卿の宮のこうした冷たい御態度にも気づかぬ顔をして、姫君の弟君たちを、いかにも親しそうにおそばに伺わせたりなさるので、螢兵部卿の宮も気をお遣いになって、すっかり真木柱の姫君と縁を切るようなおつもりはないのでした。ところが例の北の方という根性曲りの人が、いつもちょっとしたことも許さず、口やかましくお恨みになります。
新王みこ たちと結婚させれば、宮なら鷹揚おうよう で浮気もせず、一筋に姫だけを愛して下さるだろうから、生活は華やかでない代わりに、気苦労もないだろうと思っていたのに」
と、文句を言われますのを、螢兵部卿の宮も自然お耳になさいまして、
「聞いたこともないようなひどい言いようではないか。昔は、とても愛していた北の方がいても、やはりちょっとした浮気は始終していたものsだけれど、こんなひどい怨み言は、言われたこともなかったにに」
と、不愉快に思われ、いっそう亡き北の方を恋しくお思いになりながら、北の方とお暮しになっていた御自分のお邸に引き籠って、憂鬱な毎日を過ごしていらっしゃいます。
そう言いながらも、二年ばかり経ちましたので、こうした御間柄にも馴れてしまって、今では、そうした御夫婦仲として暮らしていらっしゃいます。
源氏物語 (巻六) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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