〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-\』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻六) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/12/16 (金) 

若 菜 ・下 (三)
髭黒の左大将の北の方玉鬘の君は、実の兄の太政大臣の御子息たちよりも、夕霧のう大将の方を、やはり今でも昔通りに親しく思っていらっしゃいます。玉鬘の君は生まれつき才気があり、親しみやすいお方で、夕霧の大将とお逢いになる時も、いつも心こまやかに他人行儀でなくおもてなしになります。大将も、実の妹の明石の女御などが、妙によそよそしく、あまり近づきにくい御態度なのを心外にお思いになって、玉鬘の君とはかえって、実の姉弟であるようなないような一風変わった仲の好さでお付き合いになっていらっしゃいます。
髭黒の左大将の方は、今ではなおさら、昔の北の方とはすっかり切れてしまって、この玉鬘の君だけを、並ぶ者なく大切にしていらっしゃいます。玉鬘の君には男のお子しかお生れにならなかったのが淋ししので、あの真木柱まきばしら の姫君を引き取って大切にお世話したいとお思いになりますが、祖父の式部卿の宮などが、どうしてもお許しにならなくて、
「せめてこの姫君だけでも、世間の物笑いにならぬよう育ててみたい」
とお考えになり、お口にもしていらっしゃいます。
この式部卿の宮の御声望は並々ならぬものがあり、帝も伯父に当るこの宮をこの上なく御信頼していらっしゃいまして、式部卿の宮が、これはといって奏上なさいますことはお断りになれず、お気の毒なほどお気を遣っていらっしゃいます。大体において、何かと当世風な派手好みなお方でして、源氏の院と、太政大臣の次には、この宮のお邸に、人々も多く参上して、世間の人々も重々しくあがめてお仕えしています。
髭黒の大将も、行く行くは、東宮の伯父君として、国家の柱石ちゅうせき ともなられる候補者ですから、どちらにしても真木柱の姫君の御評判の悪い筈があるでしょうか。折に触れて求婚してくる人々はおおいのですけれど、式部卿の宮は、誰ともお決めになりません。
柏木の衛門の督を、もし向うからその意向を見せたらとお思いのようですが、猫より姫君を下に思っていらっしゃるのか、全く求婚の気配もないのは残念なことでした。
母君はどうしてか、今もまだもの のため正常でなく、滅入りこんでいらっしゃるのを、姫君は情けなく思われて、かえって継母ままはは の玉鬘の君のおあたりに心魅かれているという現代的な明るい御性質なのでした。ほたる 兵部卿ひょうぶきょう の宮は、いまも独身を通していらっしゃいます。御執心なさった御縁談はどれもみなまとまらず、女との関係も面目なく、世間の物笑いになっているように感じられて、こんあふうに暢気のんき に構えてばかりいられないと、式部卿の宮家に伺って、真木柱の姫君に魅かれているような素振りをお見せになりました。祖父君の式部卿の宮は、それを聞かれて、
「それは結構なこと。大切にしている娘を入内じゅだい させるのでなければ、その次なら親王みこ たちにこそさし上げたいものです。臣下の真面目一方で平凡な連中ばかりを、当節の人が大事にしているのは品のない考えです」
とおっしゃって、それほど大して螢兵部卿の宮をお らしにもならず、この求婚を御承諾なさいました。螢兵部卿の宮はあんまりすんなり事が運んで、恋の恨みを言う暇もないのを、かえってあっけなくお思いになりました。それでも何といっても権勢の強い気の張る宮家相手なので、今さら言い逃れもお出来にならず、真木柱の姫君にお通いになるようになられました。
宮家では、この婿君を、またとなく大切にお世話なさいます。
式部卿の宮は、娘はたくさんいらっしゃるけれど、そのためずいぶん御苦労をかけられたことも多くて、もう娘の世話はこりごりだとお思いでした。それでもやはり孫のこの姫君のことだけは気がかりで、捨ててもおけないお気がなさっていらっしゃいます。
「この姫の母君は、年と共にますます気がおかしくなっていかれるし、一方、父の髭黒の大将ときたら、自分の言うことをきかないからといって、この姫を薄情に見捨ててしまわれたようなので、実に不憫ふびん でならない」
とおっしゃって、御夫婦のお部屋の飾りつけなども、御自身であれこれと監督され、万事にもったいないほど、お気を遣っていらっしゃいます。
源氏物語 (巻六) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
Next