「あなたは、多少物の道理もわきまえていられるようなので、なかなか結構です。紫の上と仲よくお付き合いして、この女御のお世話も、二人で心を合わせてお努め下さい」 など声をひそめておっしゃいます。明石の君は、 「おっしゃられるまでもなく、紫の上の世にも稀な御立派なお人柄を拝見しておりますので、朝夕口癖のようにお噂申し上げております。わたしを目障りな者とお憎みになり、お許しをいただけませんでしたら、こうまでお目をかけては下さらない筈なのに、気恥ずかしいじゅらい一人前にお扱い下さいますので、かって面映
ゆいくらいでございます。人数ひとかず
でもないわたしが、こうして生きておりますのは、世間の聞こえもいかがとほんとうに辛くて、身を縮めておりますが、紫の上はお咎めもなさらず、いつも何かとかばっていただくばかりでして」 と申し上げます。源氏の院は、 「あの方は別にあなたのために気を遣っているわけでもないでしょう。ただ、御自分が女御の御日常に、始終付き添ってお世話できないのが気がかりで、あなたにその代わりをしてもらっているのでしょう。それもあなたが親ぶった顔で一人取りしきったりしないので、万事穏やかに円満に運ぶのです、わたしも全く心配がなくて喜んでいます。ほんのちょっとしたことでも、わけのわからない非常識な人間がいると、まわりの者まで迷惑してひどい目にあうものです。あなた方二人ともそんな欠点がなく、直しところがないので、こちらも気が楽です」 とのお言葉を聞くにつけても、明石の君は、 「ああよかった、よくぞいままで遜へりくだ
って生きてきたものだ」 と思いつづけられます。 源氏の院は、東の対たい
にお帰りになりました。 「ああして紫の上への御寵愛は、ますます深まるばかりのようだこと。ほんとうに人並みより一段と勝れて、あれほど何もかも理想的に備わっていらっしゃるのだから、それもまた当然と思われるのも結構なことだ。それにひきかえ、女三の宮はうわべだけは大切にされていらしゃって、それだけでは御立派でもあまりお逢いになることもなさそうなのは、畏れ多いことに思われる。同じお血筋ではいらっしゃるけれど、女三の宮のほうが一段御身分がお高いだけにおいたわしくて」 と明石の君はそんな独り言をつぶやかれるにつけても、自分の運勢はたいそう強運なのだとお考えになります。御身分の高貴なお方でも、思い通りにはならないらしい御夫婦仲だというのに、まして自分などは、その方々と肩を並べられるような立場ではないにだからと、今ではすべてあきらめていて、恨みがましい気持もありません。ただあの俗世を捨てて山奥に籠り住んでいる、父入道を思いやる時だけは、悲しく心もとなくてなりません。 尼君もただ、
「極楽で必ず再会しましょう」 という入道の一言を頼みにして、来世のことに思いをはせながら、物思いに沈んでいらっしゃいます。 |