〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-\』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻六) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/08/29 (月) 

若 菜 ・上 (十四)

新年になりました。朱雀院では、女三の宮が六条の院にお移りにおなる御支度をなさいます。これまで求婚していらっしゃった方々は、たいそう失望して、落胆していらっしゃいます。帝からも、御入内なさるようにとの思し召しをお伝えになっていらっしゃいましたが、こうした御決定をお聞き遊ばして、御中止になりました。
だて、今年は六条の源氏の院も、四十歳になられましたので、その御賀のkとは、帝もお聞き過ごしにはなさらず、国をあげての行事として、前々から大評判になっています。源氏の院は、もともと面倒なことの多い大袈裟な儀式ばったことはお嫌いなので、みなお断りになられました。

しょうがつ二十三日は、 の日に当たりましたので、髭黒の左大将の北の方玉鬘の君が、お祝いに若葉わかな をお贈りになります。そんな御計画は、前からは秘密にしていて、きわめてこっそりと御用意なさいましたので、突然のことで、源氏の院も御辞退にはなれませんでした。内々のこととはいえ、左大将家の大した御威勢でなさることですから、御訪問の儀式の華やかさなどはまったく大変な評判でした。

六条の院の南の御殿の西の放出はなちいで に、源氏の院の御座所を整えられます。屏風びょうぶ壁代かべしろ などをはじめ、すべて新調したものと取り替えられました。格式ばった椅子などはわざわざ用いず、敷物を四十枚、お茵、脇息など、すべてこの御賀の式のお道具類は、みな玉鬘の君がたいそう美しく御用意なさいました。
螺鈿らでん御厨子みずし 二揃いに、御衣裳箱を四つ置いて、四季のお召物、香壺こうご 、薬箱、御すずり洗髪器ゆするつきくし 類の箱などを、人目につかない所までこの上なく美しく作ってあります。挿頭かざし の花を載せる台には、ちん紫檀したん の材を使って、珍しい模様で華麗に飾り立てて、同じ金属でも、金、銀の色を巧みに使いこなしてあるのは、現代的な風情があります。玉鬘の君は、風雅の趣味が深く、才気のあふれたお方なので、あらゆるものに、斬新な工夫を凝らしていらっしゃいまう。ただ全体としては、特に大仰にならぬように配慮されています。
参賀の方々が参上なさったので、源氏の院も御座所にお出ましになられる時に、玉鬘の君にお逢いになられまいた。お二方のお心の内には、昔を思い出されることがさまざまとあったことでしょう。
源氏の院はたいそうお若くお美しくて、こうした四十の御賀などということは、お年を数え違っているのではないかと思われるほど花やかで魅力があり、とても人の親などとはお見えにならないのでした。
玉鬘の君は、こうして久しぶりに歳月を隔てて源氏の院にお目にかかりますのは、ほんとうに気恥ずかしいのですけれど、 さすがに昔のままに、目に立つような他人行儀さではなく、親しく色々とお話しあいになります。幼いお子たちも、たいそう可愛らしくていらっしゃいます。玉鬘の君は、
「こんなにたて続けに生んだ子をお目にかけるのは恥ずかしくて」
と、厭がられたのに、髭黒の左大将が、
「こんな機会にでも御覧になっていただこう」
と言われて、二人のお子が同じように振分髪ふりわけがみ のあどけない直衣のうし 姿で、いらっしゃったのでした。源氏の君は、
「だんだん年を取ることも、自分ではそてほど気にかからず、相変らず昔のままの若々しい気分を改めることもないのを、こんな小さい孫たちを見せてもらうと、何だか気恥ずかしいほど、自分の年を痛感させられる時もあるのですね。夕霧の中納言が、もういつの間にか子供が出来たらしいのに、大層ぶってよそよそしくして、まだ見せてくれないのですよ。誰よりも先にわたしの年を数えあげて祝って下さった今日の子の日は、やはりわたしには情けない気がします。まだしばらくは老いを忘れてもいられただろうに」
と仰せになります。

源氏物語 (巻六) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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